2014年3月1日土曜日
不完全存在のテキスト5
獰猛な悪魔、彼方からの呼び声、子供たちの曾らぐ泣き声、贅沢は敵だと説教した老人たちはピラミッドの地中で眠っている、モンスーンを恐れて イザヤ書、第32章 皮膚感覚は麻痺し 夢遊病者のように 辺りを無目的にウロツキ 林檎を食べる 劇的な至極私情を孕んだ個人的なフォルムの上映 もう身動きがとれなくなる 悪魔で溢れ返った地中の 最中に 着地点は揺ぎ無い 戸籍謄本を取り寄せて ディオギュニュスのように 樽の中で酩酊し 祈祷すら疎かに 食事は蟻の蜜だけ 地獄に堕ちて私は懺悔出来るだろうか?そもそも天地の二元論 善悪論の問題は片がついたはずだ今更蒸返す様なことは乞食の煮え湯だよ こうやって朝起きて フケが3ミリくらいベッドの脇に積もりアルトーの形相が私を睨む 恐ろしい 貴方の53回にも及ぶ電気ショックのことを考えるといつも剃刀の刃が毀れて クソの臭いがする そう存在の臭いだよアルトーさん 肉体は滅んでいる 真珠の粒は涙でなくクソでできている クソが身体を包んで コラ畜生 窓を開けると変わらずいつも雨が降っている 子羊が封印を解いた? 天に静けさはなくラッパの音色も聞こえない 理由は単純 音楽家でも何でもない ただのひとりの人間以下の私は 葉の上の朝露を啜るが如く常に喉が渇ききっている コデインのせいかって? バロウズみたいなメタドン治療は私には必要ない こうして僅かばかりの時間があると ものを書き狂ってないと気が狂いそうになる ランボーみたいに高速に駆け抜けて 足を痛めつけるだけ そのうち腐っておちる3年殺し?そうだよ 本当に書く文字は何だっていいんだ 百科事典を丸ごと書き写したっていい とにかく手を早めねば とり憑かれる 殺される あいつらが夜が明けると静脈の中にいっぱい入り込んでいる シラフじゃとてもいられない 何かがないと駄目なんだ 人がアルコールやギャンブルや恋人に依存するように私は文字に依存している この意味性のない文字の羅列が心地良い お芸術でも何でもない こんなものは 屑みたいな文章だよ ギリシア芸術で終いにすりゃあ良かった ローマ帝国の滅亡 ファシズム政権の終焉 すべて終いだよ ご苦労さん兵隊さんたちよ 従軍慰安婦はロスケを殺してからにしてくれ あの日確かに友人たちは発狂していて次々と行方不明になったり 自殺したり 周りから何もかもが綺麗さっぱりいなくなった 最近はいつも君たちのことを考えている 愛しき死者たちと同様に私も気が狂ってるのか? 狂ってなんかいない 絶対的に明晰であり精神的にも健康であった 不健康なのは君たちを取り巻く外部のものすべてだ 悪いのは君たちではなく外部のものすべてだ 今になってみたら彼らがどのような状況下に置かれていたのか明瞭に分かる 何に苛立っていたのか? 何に絶望していたのか? そんなに破滅的になる必要なんて何もないじゃないかと私は楽観的に構えていたが 破滅的でもなんでもなくどうにか生にしがみつこうと躍起になり 純粋に内部に亀裂していた 社会 戦争報道 情報ネットワーク 協会 教育 言語 家族 共同体 電子機器 エトセトラ その他 そいつら悪しき副産物を好奇な目で真っ直ぐに見つめスポンジのように吸収し 何もかもが嘘だと気付くのにそう時間はかからない そうやって染みついた反権力の血というものは 分かっていても そうそう拭いされるはずもない 内部で起こる闘争によりエネルギーを使い果たしゼンマイ仕掛けの人形のようにポックリと倒れる いい加減にしろ そろそろ私だって限界を感じている ましてや阿片もなんにもないんだ グウタラに時を過ごすことでさえ危うい 死の目録は間近に迫っている 欠伸?健康的じゃないか馬鹿いうな 欠伸でなく呼吸信号のシナプスが欠落しているだけだ 今宵ミサの聖祭が始まる プロテスタントのヨタロウどもが揃って狩りに出かけるのさ 獲物は? 何処にだっているさ 何にだって刃向かうべきだ 最も元気のあるうちだけだがね そのうち諦めてしまうんだよ 分かっていても身の程を知ってくる 地軸 白夜 空綺麗な美しい空 真っ青に溶けていくからっぽな顔なき顔たち あいつらが何を考えているかなんて到底知る由もない 限界には気付かない 不動明王のギョロ目 タルコフスキーの風で燃えない蝋燭 ブーツを買った履くことの不可能な中には女たちが詰まっている 懐かしく引き出しを開けて 日記帳を開いてみる 牛乳の中で溺れる蟻 中に緑色の蟻もいる さあ行進 哲学も知らず言語を知らず悪徳三昧娼婦の魔法 雇われてみるという選択肢は蜘蛛の巣がとっくにかかっている 何をする?こうやって書くことだけだ 本当に書くことだけ 生が雨の跡のミジンコと一緒に踊っている ミクロ的世界色はもっと細かく分類されている 僅かに繋がった信号はもう切れた 帽子を忘れてさようなら
2011年11月7日月曜日
霊性と情報 カイエ2
「アラン・バティウが言うように資本主義という抽象的普遍と結託した多、他文化相対主義(そして特殊、個別的な共同体主義)において何ら希望も見いだせず、ますます世界は救い難く絶望をより深く実感するのみに尽きる。彼らは若者であっても生まれながらの老人にすぎないし、仮象実体を増やし続け、偶像を好み崇める、歴史は終わることなく、彼ら自身がその歴史の主体となり、偽造の生を産み続ける「自動機械」となってしまった。オッカムの言うように実体は無闇に増やしてはならないのであって、情報の湾曲、偽造を常日頃行い、ますます自らの欲望を架空の意識化を用いて体現化し、ますます実在を地に失墜させ、光の見えぬままとなるのである。また、これらに抗い続けるものであっても同時にこれらの犯罪に加担している一面も私には見えるし、例え反論があったにしろ彼らは生の偽造を操作する者たちともすぐに同一化し、実際は自分たちが分かち持っている無知を軽蔑するのである。というのも、この嘘に満ちた生の偽造を操作するものたちに対して提供される情報の切れ端は、すぐさま嘘に汚染され、検証不可能なものへとただちに変貌を成し遂げ、その実体を掴むことは理論上不可能であるからだ。そんな情報でも、偽の生を体感させる以上彼らにとっては自らの知性、顕示欲を満たす絶好の機会であるから、ただちに日頃の鬱憤を晴らす余暇の喜びに取って変わる。なぜなら、何も知らないどんな者に比べても、彼らは自分のほうが優れていると感じるからだ。おまけに、それらの情報の価値は、支配をより一層是認するためだけのものであり、実際にそれを解体するためのものでは決してなく、より深く生を偽造させるのである。それらの情報に、架空の仮象実体たちは、その餌にすぐさま飛びつき、隠されているものを使うことによってではなく、仮象の空間のみで明かされたものを信じることによって、愚かにも自分には何かが出来るとその優越感のみを鼓舞させ、仮象実体たちの知性の特権の要塞となり果てるのである。そこで生は完全に破滅している。あらゆるものは仮象を操作することにおいてのみ自らの尊厳を確保し、社会はそれらによって商品を産み出し、ますます抜け出せない円環的な相互依存の偽造的なネットワークによって社会は成り立っている。」
霊性と情報 カイエ
「すべて、本物の肖像は、その霊を持っていてそれに裏付けられている。アントナン・アルトー」
「心の観念と、口を通じて生み出される音の間には、精神と肉体、天と地の間にあるのと同じだけの隔たりがある。にもかかわらず、これほど互いに隔たった事物を結びつけているのは、いったいいかなる「不可知の紙帯」なのであろうか。ハーマン」
「われわれを取り囲む忌まわしい諸制度、
祖国、家庭、社会、精神、概念、知覚、感覚、情動、心、魂、
科学、
法、正義、権利、宗教、観念、御言葉、言語活動が
維持されるのは魔術によってである、というのも実際にはそれらは消え去り、もはやいかなる現実的なものにも一致していないからだ。
アントナン・アルトー」
「(人間)はさらに上へと急ぎ、第一の層には増減の作用を、第二の層には悪のたくらみを、計略を、無作用のまま、第三の層には欲望の欺きを、無作用のまま、第四の層には支配の顕示を(もう)願わしくないまま、第五の層には不遜の勇気と敢えてする軽卒を、第六の層には富の悪しき衝動を、無作用のまま、第七の層には隠れ潜んだ虚偽を返す。…ヘルメス文書 「ポイマンドレース」
「そもそも私たちは、律法は霊的なものであることを知っている。しかし私は肉的な者であり、罪のもとに売られてしまっている。私は、私が行為されていることが分からない。なぜならば、私は自分が欲していることを為すこともせず、むしろ自分が憎んでいることを行っているからである。もしも私が自分の欲していないことを行っているとするならば、(その判断を律法に従っているのであるから、)律法が良いものであると認めていることになる。しかし今や、もはや私がそれを行為しているのではなく、むしろ私のうちに住んでいる罪が(それを行為しているのである(ローマ人への手紙、七章)」
「光の多化はなんら他の運動に依存しないのだから、そこでわれわれは天が静止し、運動が存在しないと仮定しよう。なぜなら天が静止すれば光の多化は充分よくなされるからである。そして人びとが信仰しているように、もし天が将来静止すれば、世の終わりにそれ(=瞬間的伝播)が生ずるだろうと。従ってもし光の多化が瞬間的であり、時間的でないとするならば、時間なしに瞬間が存在するであろうと、いうのは、時間は運動なしには存在しないからである。しかるに瞬間が時間なしに存在するのは不可能であって、ちょうど点が線なしに存在しないのと同様である。従って、「光が時間において多化し、可視的事物と聴覚器官との形象すべても同様である」ことが、(論理的帰結)として残される。しかしそれは視覚器官によって感覚可能かつ知覚可能な時間においてではなく、感覚されない時間においてである。というのは、人は誰でも経験していることだが、光が東から西へ生じているような時間を知覚しないからである。(ロジャーベイコン)」
「資本主義の脱領土化は恒常的な再領土化を要請する、と。資本は、みずからの運動原理によってその原理が行使される空間を均質化するために、主体的で領土的な同一性の常なる隆起を要求するのであり、これらの同一性は、結局は、市場に単一形式的な特権を与えようとして、自分も他の同一性とまったく同じ資格で陳列されることを要請しているにすぎない。一方における一般的等価物をめぐる資本主義的論理と他方における共同体あるいは少数派の同一性と文化の論理は、接合された(全体)集合をともに形成する。ジル・ドゥルーズ」
2011年7月20日水曜日

正直言って、打ち明けた話、これら社会の終わりざまと言ったら尋常でなく目も当てられない、終わりよりもさらに悪い、産まれる前から既に墓場に突っ込まれてる、撃滅に過激にもう何回愚かなことを繰り返しただろうか、数えることもおぞましい、キチガイじみている、俺は魔法を見た。どいつもこいつも魔法を信じてる。どいつも魔法の効能に妄信している、極めてスピリチュアルな、精製的な、魔術的な、震えが止まらない程そいつはおっかない都市の魔法を、情報に適度に便利なものに錬金して、いい気になっている、来るはずもない幸福を信じてる、現に中国人のそのペテンの見事さと言ったら息を呑む、すべて漢字、広告、均質の羅列、同じもの、同じ人間、あらゆるところに同じものを見た、偽造の達人をヨガを漢方薬を、すべて都市を同じものに変える朝鮮人参の魔法を、あの手この手で煽てながら、自由を謳った物質に、変わっても力と力で結託してツルんで、なんと言う憎しみ、人殺しの目だ、うんざりだ、だがこんなことはもう慣れた。
ポルポトというのはそん中でもずば抜けてキチガイだ、フランス帰りのインテリの農民が、生まれつきの人殺しを成長させた、男も女も受刑者もオカマも子供も構わず根こそぎぶっ殺す、相手が病人だろうと健康だろうと、そんなもん関係ない、完全にイカれちまった独裁者の鏡、死角からやってくる根こそぎ生を奪っていって、どこもかしこも骨の山、カルシウムには困らない、歯医者も廃業だ、並大抵のもんじゃない、信じられないくらいのごまかし、殺して下さいよ!こっちが死にそうですよ!半端じゃない!ファシストはよりどりみどり、お前もファシストか?
そうとも、喜んで、大騒ぎ出来る、大混乱の地獄、監視の社会、絶対的な価値なき屍の優生学、殺し屋の文体をすっぽり被って模倣して、何もかも忘れて、とにかく、顔を隠してる、俗物ではないと言いたげにつまり普通じゃない、クメール野郎の残党は、下宿にやってきて、嘘汚れた契約書をちらつかせながら、根こそぎ金を奪おうと、毎日毎日イデオロギーに頭がやられちまったかと思いきや、今度は物質だ、商品だ、どこの国でも、クメール野郎の宣伝担当はいい気になって、虐殺を自慢する、汚い歯を見せながら俺はすかさず歯磨き粉を売る、つまりゲリラ戦、おおざっぱな戦争状態、喜劇的なアウトロー、大金持ちになろうしつこく何度も、それしか考えない、俺はビジネスマンじゃない、ただ抗おうにも攻撃する主体は?敢えて言うならすべてだ、すべてを見せびらかしてこれ見よがしに気取りながら、情報はいかがかね?権威はお前だよ、虐殺者もお前、お前自身がイデオロギーだ今度は誇りを持て、どれも同一の価値のないものに変える、こいつらは天才、処世術を知っている、生きていくってことを、つまり一番楽な方法で、すべて建物も食い物も回りのものすべて商品に変える、食われるものに消費されるものに、遠慮なんぞしちゃいない、二の次、事態がまずくなったときには大したペテンをまき散らして知らんとばかりにトンズラ、凄まじい早さで目にも見えない、こいつらが歴史をつくっている、つまり生きるということの基準を、国なんか関係ない、根こそぎ洗脳されて麻痺させられる、大事なものを決まられる、有無を言わさず、天才たちは魔法を使う、造られた生を生きるだけ、全くそれだけ、終生の問題も、すれすれに飛んで八つ裂きに、刑の執行、化け物じみてる、殺し屋は徒党を組むことしか考えない、人間なんかどこにもいない、全くどこにも見当たらない、自分の分身ばっかつくって、何も考えない自動人形たちを膝に抱えて、情報の爆発を見事に引き起こした、癇癪持ちども、地雷を踏んで真っ逆さまならまだマシなことだ、ありもしない生を勝手に携えさせて、天才だって言うんだから、確かにお前は天才だよ、とんでもなくお利口だ、少なくとも厄介な問題には巻き込まれない、お前は犬みたいに大人しくしてればいい、ポルポトはどうだった?
人殺しを間近で見たか?確かにこいつはよく喋るよく喋る喋ることにかけては抜かりがないそれだけが取り柄だ、マオイストの看板を面に引っさげて、理想を唱えて、寺院を、教会を、教師を、学校を、知識人を、眼鏡を叩き壊して、根こそぎ構わず、全人口の3分の1までぶっ殺した、これ以上の人殺しがいたか?共産野郎の支援を受けて、人殺しの教育にだけは熱心だった、共産野郎が掲げる理想の街をでっちあげて、ジャーナリストを招待した、偽の街に拍手喝采を浴びて、ろくでもない連中は、好奇心は時に途轍もなく愚かだ、内部に侵入した連中はクメール野郎にぶっ殺された、骨まで粉砕されて、血を掲げられた、国旗にまで染み着いてる報道、罵り、脅しながら、マオイストの羊の頭を撫でながら娘を育てるみたいに可愛がって、私たちはみんな死の中にいる、死の中にいる以上殺されないだろう、何もかも自由だそういう意味じゃ、何もする必要がないんだから個体差も、レッテルも、優生学も、ドブに棄てられて、何に価値を置くようになったか?何にも価値を置かないことに価値を置くようになった、ついに此処に到達した幻滅の白、ただニヒリズムじゃない、ニヒリズムはまだだだっ子みたいな可愛げがある、ニーチェにも娼婦を買う元気があった、有も無も偽善の網に捕われて、何でも言われたい放題、右も左も関係ない、お前が賢いということをお前だけが認める、審判はお前の出来レース、お前を吊るすことに俺は我慢がならなかった、黙ることはお利口だよ、黙ってればいい、何でも知っているような顔をすると天才たちはますますいきり立つだろうから、おっかないよ俺は、流行も、最先端も、決められた価値に指を突っ込まざるおえないんだから、そんなところに介入して仲良く宜しくやろうぜ、ペテン師は大盤振る舞い、すべてを決める輩に親分も主体もない、表象装置を掲げる大陸ごと覆って、あらゆるトリックに引っかかる、奇人たち、あの豚は?あの臆病者は何処へいった?すぐ側で監視して鉄砲玉で撃ち落とすことを狙ってる、静かにしてればいい、寝言はいらない、既に死んでるんだから自殺も出来ない、厄介な慢性性病持ち、いちかばちかの冗談に懸けるしかない、喜び勇んで意味のないことが駆け巡るその嵐、文化?無意味だ、心の豊かさは心の空虚さを洗いざらい惨めを晒して動物になるなんて誰が掲げたのか?時代が?商品が?サーカス団が?空爆の数々で事実誰も生き残れない、こんな時代は最初の情報である光から辿っても最も腐ってるそれはあからさまに反吐がでる、小石でも拾って屋台で売りさばくか?どこかの金持ちが良い値をつけてくれるかもしれない、誰も自分の考えなんて持っちゃいないんだから、手なづけてやればご機嫌だろう、やっつけました少佐!何を?時代を?経済復興を?まさか強盗した金で?原爆実験、すさまじい情報公害、きちがいじみた記号のお花畑、国会答弁の猿芝居、ただちに見せ物に変えるのに、見せ物は銅像みたいにボケッと突っ立ってるだけならまだ良かった、co2を売り捌こう、こいつらが歴史を動かし始めたんだから尚更厄介だ、何にもすることがないよ、こいつらに反抗しても仕方ない、何もかも対等なんだから一丁前に権利だけは要求するがね、死体から脳みそを吸い上げて、白痴が豚みたいに贅沢して勲章を抱えて豪邸を建てて、裸の王様はマシンガンをぶっ放して、暗殺するんだ気づかれないように、生を商品に変えて売りさばく、自分だけは殺されないなんて思ってたら大間違いだぜ、こいつらはいつだって殺る気でいるから、場所なんか関係ないよ、世界は同時的に都市はすべて同じ水準で語られる、お前が主人公だ!お前だけがルールだ!お前だけが世界だ!
ポルポトが数億人も優生学のイデオロギーを背負って、大体全人口の70%くらいだろうか、根こそぎ殺しにかかってくる、赤旗も、白旗も、野蛮人も、黄色も白も黒も何でも関係ない消費の神様が、俺は表現しよう、展示をしよう、道端で様々な小石を拾ってデュシャンみたくやればいい、極めて現代的だ、爆薬は仕掛けるがね、飛び抜けるぐらいの、俺だって生のトラップくらいは仕掛ける、どっかの錬金術師みたいにゴーレムが出来るかもしれない、こいつらを統制してる魔法には到底適わないがね魔女裁判にかけられて火あぶりにされちまう、だがコミュニストほどぐうたらじゃないユートピアは棄ててるぶん、もっとマシなことを考えてるつもりだ、どいつもテロリストなんだから俺は奇抜なことが好きじゃない、俺は不変が好きだ、絶対的な不変が、つまり平和が、ヘレニズム時代のストア派の哲人みたく時間を止める古典が!つまりカタリ派の肉体の牢獄を忘れさせるものが、おぞましい垂れ流しの末世を破滅させるインドのアタルヴァ・ヴェーダ讃歌みたいな呪文が!熱血体質のパウロのような不遜の切言の断章が!人殺しが叫んでる、何も選別せずに、科学を崇拝して?死体の山に脳科学の豪邸をおっ建てて?結構ですな、極めて結構な話だよ、なかなかそこまでは自惚れられるもんじゃない、素晴らしい才能を目にする、とんでもない才能の数々を腰が砕けるくらいに驚愕させる、そりゃあ退屈じゃない、お前らは退屈を消費する術を知っている、偽造は興奮させるから、こいつらペテン師がやることだけは、いつだって想像の遥か上をいくんだから、俺もクメールルージュみたいにキリングフィールドでキチガイみたく叫んでやった人殺しの目をしながら血をまき散らして、そうすりゃあ仲間に入れるんだろうからな、赤旗を屍の山に掲げた、この魔術的なホログラムの中に、一分で吐血しそうだがどうせ長くはないんだから、くたばっちまえばいい、それで仕舞いだよ、ありとあらゆる病気が公害がエイズよりもいやらしく蔓延する中で、俺も立派な銅像みたいに北京の真ん中にでもおっ立ってて式日の晩餐会よろしく丸かじりに商品を掲げ売り捌こう人肉のソーセージでも試食させよう、脳科学をゴルゴタの丘に贖罪してもリロードしないカラスの大群に八つ裂きにされ、白い糞をまき散らされる、ファシストの旗もおまけに掲げてやるテルアビフ空港乱射事件みたいな真っ赤な散弾銃を岡本公三みたいにぶっ放してオリオンの三つ星になると誓おう契りを交わそうとも告発はされないだろうしね、情報に脳天をぶっ叩かれても懲りずに原子の爆薬を積んで漏電させる、黒ん坊に紛れて暴力を尊敬して強盗をやろう俺は黄色だからもっと奴らに尊敬され頭を撫でられるだろう、血が太陽を焦がして窒息しても盗むこともままならないだろうが虫眼鏡で逆に青空を焦がしてやろう、にっちもさっちも砂漠の上じゃどうもいけないからっきし駄目だしな、ドサ回りで年中修行だよ行商人と一緒だよ効きもしない薬を売るよ、それしかない監獄よりは居心地がいいだろうさ、どこだって、俺は細胞をドライアイスに閉じ込めて凍結させて、たまに穿って才能の甘さを噛み締めて、植物人間みたく愉快に暮らせる、愉快なこと?つまり死人のユーモアだよ諸君、動かない人間ほど面白いものってない俺は毎日銅像のスターリンを指さして腹を抱えて笑っている、墓場まで保険は適応されるようになるか?死体を冷凍保存しているアメリカの金持ちみたいに?
俺にも頼むよ、その人生に対する保証とやらを、何もかも憎らしいんだから、ちょっとぐらいいいだろう、俺も君らに倣って歴史をつくろうじゃないか、大層なものをね、ラカンの言った倒錯の山をね、立派になったと報告してやらなくちゃ、ハイエナみたく餌には飛びつく遠慮はいらない、あの世でやろうか、信じるのは大切だよ、何でもかんでも鵜呑みにしてればお利口に生きていける、馬鹿馬鹿しいのはいつだって大義のほうだ、靴磨きをして小銭を稼いでるやつには大義はいらない労働者にまどろっこしい言語はいらない極めて簡潔なサインを、つまり手話のようなジェスチャーを親指に血痕を滲ませて、何にも構ってられないくらい余裕がないのがちょうどいい糞をする暇もないくらいの生温さ、そこに溶け込んで俺はうんこを喜んで食う、それで充分、余計なことはいらない、大体のものはイデアよりはマシだ、情報の汚物を投げ捨てればいい暮らしが出来る。俺はいきなり謙虚になった、つまり働き者のサロメみたいなオカマになるだろう、立派な犬になるためにちんちんをしゃぶって生きていく、しゃぶって丁寧にしゃぶり尽くして超現実主義の金玉を盗む、本も眼鏡も燃やしたつまりイメージはすべて、精液でびちょびちょになったレディガガみたいに毎日しゃぶらせてくれることだけを祈って願を賭けた。俺は人殺しに変装してる。俺は人殺しの叫び声を真似してる。俺は人殺しの文体の練習をしてる。盗人は自慢をしない、慎み深い、強盗するから仕事をくれよ、でかいちんぽをまたしゃぶらせてくれよ、俺をメンヘル女みたいに水辺に映ったナルキッソスみたいに夢中にさせてくれ、ぶん殴ってくれ、目を潰してくれ、俺はこれ以上社会を監察したくない、ちんちんをしゃぶるだけひたすらそれだけ余計なことは考えない俺は監禁されたどれだけ気持ちよく射精させてやるかを考えている、胡 錦濤のものも石原のものも喜んで涎を垂らして犬みたいに尻尾を振ってしゃぶってる、君らの崇高な科学で何とか俺以上に勃起させてみてくれよ太陽は膨張しないからね、でっちあげの発明家諸君にも都市計画にも期待してるよ、ラジオの電波以上に混信して主体を変えながら君らはあれこれ難癖をつけて首を絞めるのが好きみたいだから、俺は悪いが心身外傷的でもネクロフェリア的でもない、耽美的な?ゴスロリ?下らない美意識で死体をあれこれ解剖することは趣味に合わないんでね、しっかり聞いてくれよ!そこの兵隊さん!一寸でもケチをつけてみたまえ!君らの狂気は精神病院なのか?ぼけっとした顔をして君らは食品添加物みたいな芸術のおままごとが好きなようだね、つまり過剰な装飾、コジェーヴが言う歴史の終わりみたいなよりよく見せる死に化粧みたいな自傷願望リストカットみたいなサブカルっつう?なんでもありなフリースタイルのチューリッヒダダのバーゲンセールが?生まれながらの老人そこに生はない記号の遊子たち、ダダダダダダダダ唱えてみたまえ、空しいじゃないか、挑発出来ないツァラ君終いだよ、狐につままれたみたいに、ねえ君?見たかい?心理学が大気を覆い尽くしてリビドーの火花が飛び散る、造物神の火と霊気が、あらゆるものを消費し尽くして毎晩十字架にかけて火あぶりにする、抗鬱剤みたいな芸術じゃ気持ちよく射精出来ないんでね、間違った寺山修司の書を捨てられない路上の剽窃よりも…のように美しくない有意義でない音楽のないロートレアモンよりも、アートもストリートもない垣根のないインターネットでよく模倣されているむなしい宮沢賢治風の統一的言語感覚の詩よりも、何もかもが墓から盗まれて甦生し告発されるために召還された詩人やスコラ学者たちが一般化されてしまうよりも、そこにノーベル賞が見つかるわきゃあないぜ旦那!俺は黒人のちんぽのほうが好きだ、つまりジャックジョンソンみたいなプロボクサーのちんぽをしゃぶるほうが性に合っている、俺がアルチュールクラヴァンだったら、ワンラウンドで倒されるヘマはしない、どうせならダンテみたくベアトリーチェのほうが良かったけどね、文体の実根は名もなき主体に盗まれた、あらゆる地点で文字のパレードを引き起こす。
不細工になったナジャほど可哀想な女はいない、ナジャも今はメンヘルにカテゴライズされるんだからとんでもない時代だよ、そりゃあナジャを強姦すればジプシーの娼婦より惨めになるし俺はそれを見る度下痢になってさげずみ糞を性的倒錯者の美装本に捻って駄目にしちゃう、今、エルンストの絵を見ると凄く陳腐に見えるのはそういうわけだ君らが下らないことだけを剽窃するから何でも真似をすればいいってもんじゃない、俺はブルトンを肖像画に掲げてその党派性に酔いながらたまに君らに倣って消費のバーベキューをすることもあるが、反逆の専門家じゃない、不可能性はある瞬間に紙くずになるんでね、時代は生き遅れた奴をぶっ殺すし、無神論的に、予定された自殺よりも今の俺はフェラチオのほうが好きだリリシズムは口実だ俺はしゃぶるだけ誰よりも熱心に地下鉄の中で労働者のいちもつを前立腺がおかしくなるくらいに時間のチャックを引きずり落す。天才たちは電波塔を根城にしているハンバーガーの紙包みをまき散らして、腐ったサドのような情報を処女性に平伏させて徹底的に転化しよう、ドゥボールが言ったみたいに私はマルクス主義者ではないと言ったマルクスのように俺は自分の死体をミイラみたいにしてみるよ、そうすれば少しは見せ物になれるかもしれない、俺の顔を博物館に飾ってくれそうすれば子供の遊具くらいの役目は果たせるだろう、せめて笑わせることさえ出来れば、笑え笑えそれだけが救いだ、そしたら今度は君が俺のものをしゃぶってみてくれよ、勃起しないちんちんだけを遺して死んだ芸術を下水道に流してよろしく仲良くやろう。ルネッサンスよさらば未来はオカマ万歳、割礼万歳だ、ジャコメッティのアトリエも失墜した科学の塵の島に浮かんでる、愉快なチェルノブイリ、福島共々、ヨハネが黙示録を書いたパトモス島は蜃気楼の中に消え去ってどこにも見えない、動物たちだけをノアの箱船に乗せて。俺は情報の公害に逆らった挙げ句、ずば抜けてちんぽをしゃぶるのが上手いせいで文字のタンパク質を食らいすぎて記憶喪失になった。レトリスト(文字主義)の連中とは違った性的倒錯者たちの表象装置の音響詩のせいで。もうこんなところには一秒たりともいるべきではない、とっとと生から抜け出してアフリカに行ったランボーみたいに黒人になろう。
2011年4月7日木曜日
illuminations installation text&声明文


Illuminations mix-1143 by yoknapatofa
あなたは何かしらの革命を夢みたことはあるのか?
すでに自分自身で解決し、諦め、革命という選択肢を捨ててるんじゃないだろうか?
生活の向上、労働意欲の賛美、群れの幸せ、友人また家族を大事にするのに、何故他のこと一切には全く目を瞑ってしまうのか?私の革命はあなたの100円玉よりも劣っているのが現実だということは知っている。
かくれんぼは放課後からずっと終わりなく続けられ、あなたの輪の中でずっと死ぬまでその遊びは終らない。わんやわんやと掛け声や整列の威圧的強制、なんて権威的でつまらないんだろう?と思った。私は私自身のことを自分で判断し、善悪も遊びも時間割も、何をやるかすべて自分で決めたかった。
「革命なんてどうでもいいよ、私は私で幸せだから、分からないことなんて見たくも聞きたくもない。」
まわりの探究心のなさはより一層私を孤独にさせた。私は放課後の遊びには参加せず、学校を途中で抜け出し、高速道路のフェンスの上を見上げながら、住宅街であらゆるものを威嚇し、軽蔑しながら、あまりに無力な自分に腹がたち、アスファルトにゲロを吐き、安全な校庭で遊ぶよりも私はもっと危ないところに身を置いて遊ぶことを子供ながらに望んだ。幾つもの革命を夢見た。その時はただの夢物語だった。私がいくら腹を立ててもまわりは不動であることは分かっていたし、永遠に私は救われることはないだろうと思った。ユートピアなんて幾ら歩いてもどこにもあるはずがなかったし、ただの一人ののけ者にすぎなかった。私の本当にやりたい遊びには誰一人として参加しなかった。のけ者から脱出し、とにかく強くなりたかった、強くならなきゃ救われることなんて絶対にあり得ないとまず一番に思った。
強くなること?出世?お金?名誉?友達を増やす?ものを手に入れる?組織で頂点に立つ?どれを並べ立てても、より一層空しくなった。ますます寂しくなるばかりだった、生きている意味なんて全く何も見つからなかった。そして、当然のように本来の世界はこんなところにないんじゃないか?という妄想に取り憑かれた。これは社会的にみれば落伍以外のなにものでもないだろう。だが、落伍しないものは怠慢でしかない。
私は私の牢獄を彷徨いつづけ、何百回も悪夢を繰り返し体感し、救い難く、魂は擦り減り、光は見えず、泣くことも喚くことも怒ることも、すべては自分が無力ということの実体験であり、具体的な日々の証明でもあった。
革命はいつの時代であろうとも敗北する運命なのだろうか?
私も私の革命に敗北するのか?
私たちは革命という「夢物語」に騙され続けた。ルイ=フェルディナン・セリーヌは夜の果てへの旅を執筆し、独自の文体を手に入れ、あらゆる「社会」に絶望し、一握りの望みを託してソビエトに発ち、熱狂と純粋な眼差しを従えて「革命」を視察した。石井恭二氏が指摘するように、革命とは名ばかりの「官僚制全体主義社会」にセリーヌは「革命」なんか見いだせるはずもなかった。
「共産主義の魅力、正直認めて莫大な功績は、私たちの前に、やっと「人間」の仮面剥いで見せてくれたことだ!人間から言い訳を取り除いてしまったことだ。何百年にもわたって私たちは騙されつづけたきたのだ、そいつに、人間に、その本能とか、苦しみとか、ご大層な目標とか呼ばれるしろものに…たわいもない夢をみさせられ…底なしだ、穴蔵みたいに、どこまでもこいつは、人間は私たちを騙くらかすか!…大いなる謎。こいつは常に警戒を怠らない、用心深く身を潜めて、取っときのアリバイのかげに。つまり「強者による搾取」。これなら天下ご免、文句のつけようのない…。憎むべき制度の殉教者!キリストと同格!」
(懺悔 ルイ=フェルディナン・セリーヌ 生田耕作訳)
セリーヌは革命とは名ばかりの共産党の搾取に絶望した。
スターリンのような腐ったオツムは今でもどこにでも目にする。
人間は人間をなぎ倒すことしか考えない。
プロレタリアート対共産党、ファシズム、国粋主義、アナーキズム、マオイズム…イデオロギーを支持することは、対立したイデオロギーをひねり潰すためにあり、その対立したイデオロギーを消し去っても、また新たな蛆がそこいら中に涌く。その意味でイデオロギーの対立が何かを救ったことなんて一度もないし、あらゆるイデオロギーが機能することはあり得ない。ドゥルーズが指摘する「装置」や「機械」としての機能を携えるだけであり、あらゆる人びとは登場人物でなく、観客として、その光景を指をくわえて見つめるだけに留まる。何もかも見失った社会は、めくらのように機械的都市を彷徨い、お互いがお互いを気付くこともなく、機能を失った「無実体」としてしか存在しない。「無実体」は錯誤された似非の空間の中に死体のように蔓延り、見捨てられた死体の山は海岸で積み上げられ、肉体は泥に塗れ沈殿し、窒息する。無実体化された原野での視覚認識は記号化されたそれぞれを最小単位で限りなく再生産し、殆どミクロにまで陥れられてしまった、人と人のそれぞれの目は、あらゆる言語表現、物体認識、空間把握構成事物を無稼働のまま、瓶の中に押し込め、無感動化(アパシー)された社会となる。そこに集められたひとつの知識はゴシップよりも醜く、酷い。その意味で知識はウイルスであったといえ、我々は感染されたまま、一個の死体となってしまったのではないだろうか。
「20世紀に甕の中から発見されたグノーシス文書は言っている、世界を知った者は一個の死体を発見した、彼は世界にふさわしくないのだと。そうであるなら彼にはふさわしくない世界は一個の死体になったのではないか?」鈴木創士氏
死体を死体として遺棄しておくべきか否か?
ここに革命の観点がある。
私はあらゆる政治的革命を全く何も評価していない。それは革命ではなく、権力の鞍替えにすぎない。何もしていないことと同じであり、その意味でマルクスは無視するし、唾を吐く。私はアントナン・アルトーの目の中に火を見つけた。アルトーの革命的照準は全く正しいものであった、アルトーは火を自らの手で燃やし解放し、運んだ為に火傷し、プロメーテウスから火を奪い、ロデーズで取り憑かれたようにノートに書き連ね、火と運命を共にした、その破壊的二次元性は聖パトリックの杖の火花に象徴され、「ロトと娘たち」のあの火はアルトーの生そのものである。火は死を殺め、肉体を曝け出し、電波と闘い、呪いを告発し、生を消耗した。アルトーの後期の著作は火と共に生きた非常に明晰で激怒による闘いであり、これ以上の記録は他にはない。
しかし、火が空間を変貌させることはない、火は原始からの処罰であり、火を我々は無視しなければならない。火は革命から最も遠いところにあり、火を操ってるうちは、革命はあり得ない。火を捨てろ!処罰を受け入れ、家を粉々に壊せ!原始人に戻れなんて言ってるわけではない、むしろ私たちは新しい人類にならねばならないのだから。視覚に騙され続けたわけだから、光を誰も認識出来るわけがない!
宗教裁判大審問的な処罰!悪魔対天使、聖灰、すすり泣き、光学は、人体のやえ歯を研ぎすまさして、歯が時空を彷徨って、飛び散った子宮は石灰塗りの廊下を往復していた、思わず笑い、精神神経科の先生に話していた。「まったくの妄想です。」と彼はいつものように言って、乾いて固まった血のように見えた。人生は何と妙なものだろう、窒息、杖を振りかざし、ヘロインのほうに手をのばし、蒸留水は腐ってて、陽陽陽光々、はさみをもって試しに空間をきってみたら、折り鶴が出て来て、そいつは立体でなく、二面的でポリゴンみたいだった、腐った時間厚ぼったい時間、病気になった時、トマスアクィナスの神学大全を逆さまに読んで、窓を閉めて、横になって、昼間扮していた人物の属性は間違ってると思った。何を喋ってるのか完全に理解した!はじめに言葉はなかったし、言葉なんていつでも簡単に捨てられる!!平方根、刺が真ん中に刺さった円周率、差別的空想的で概念なんてクソ食らえ、並立は喋るやつなんてみんなヤクザだ、確率は燃やせ、時間を慰め給え、病は内部をすべて蝕んでいた、アルトーがいう呪いはすべてを蝕んでいた、呪いを告発する以前より、光はどこにも見当たらなかった。
もはや、革命は歴史を完全に捨てる行為においてのみ唯一成り立つ。
「今こそ主よ、あなたはこの僕をして、わたしの目がもうあなたの救いを拝見しましたからです。この救いこそ、あなたが全人類のため、その目の前で、用意されたもの、異教人には啓示を、あなたの民イスラエルには栄光をあたえる光であります。」ルカ229ー232
いや、光に対する認識は誤っていた!!!光は世代的機械を介在し、空間を根こそぎひっくり返し、私たちは光に対する人類最初の実習及び解剖を始めよう!!
私たちは本来の光によって導かれ、光学的革命のヴィジョンを獲得する。
革命の敗北なんか認めるわけがない!
本来の光による、超空間の創出を急務とせねばならない!
陽は射して、光明はあなたたちの一辺倒な視覚を蔑ろにし、ズタズタに切り裂かれたビニールの裏側では、聖パトリックの予言書と共に、物質の粒子をすべて掻き集め、スクラップの電子的記号器官の山が積み上げられ、老いたる海が死んだ粒子の山を一掃して、光を改革するだろう。
「思うに芸術家も学者も哲学者たちも、みんなあくせくとレンズ磨きに精を出しているのではないだろうか。それらすべては、いまだかつて起こらない出来事のための果てしない準備でしかない。いつの日かレンズは完成されるだろう。そして、その日にこそ私たち誰の眼にもはっきりと、この世界の驚愕すべき尋常ならざる美しさが見てとれるだろう…」
(ヘンリー・ミラー)
イリュミナシオンは映画のための映画などではない。すべて活動のための、光学的革命のための、指針にすぎず、始まりにすぎない。イリュミナシオンは光に裏切られた人類の闘争、序章の記録である。

illuminations installation TEXT 0403 2011
「創世記を説明しようとするならば光を解剖しなければならない。
光の尺度を。
光の構成要素を。
光の本来の有り様を。」
「光がこの世界を困窮へと導き、錯乱をつくり、本来の様相を見えなく
させている。
光が我々をめくらにしている。めくらには光は見えない。
「光を誰もが認識出来ていない。
光は我々を何万年にも渡って騙し続けた。
本来の光は外部にだけある。
外部にしか光はない。」
「それは不吉な啓示であった!!!!!!!!
外部空間で膝をついて佇むある天使が口にした言葉
は!!!!!!!」
「あなたたちは預言者です。あなたたちは~(ディレイ)」
「原体験が、矢でいられたように、目の中でリフレクシ
ョンし続ける!!!!!!!!」
『アイルランドで聖パトリックの杖を振り回し、全群衆に刃向かった、
アントナン アルトーは「ロトと娘たち」のあの火を激怒の背後に従わ
せ、「私はゴルゴダを覚えている」と叫んだ。』
『だが、火の裏側には何もなく、絶命的な欲のせいで多くのものが死ん
だのだ。
火は死を殺めた。
火は決して事物を構成せず、破壊的二次元性を暗喩し、土地を焼き払う
ためにうまれ、すべて戦争力学の根底を成している。』
『火は革命から最も遠いところにある。
革命は光学的であらねばならない。』
「千里眼を持っているとランボーは言っていた。
敢えて日が強く照るアフリカに逃避したのは何故だろう?
ランボーは光が見えすぎた。」
「 人類が最初に歩行するときまず自分の足を見た。そこにあるのは既に不確
実な無実体でしかなかった。
井戸の水が枯れたとき、救いを求め太陽に祈ったが、太陽は裏切ることし
かしなかった。 」
「光に裏切られてから歴史が始まった。」
「そこで私は何かを見つけたのだろう。しかし私にとって殆どが見え
ないものであったし
私自身美しいと感じるものはすぐに失われてしまうと危惧していたし
美しいと感じるものを誰かに見せようとも思わなかったから。だか
らそれを封印した。』
「光を解剖することは神に背くことである。」
「私は産まれてから何も知らず、そして今も変わらず無知のままだ。
経過した光は超高速に人体を通過し、決して捉えられずに生命は存
在を否定し、
崇高で無気力で
魂さえも超えて
(溶けていく)」
「俺が俺を殺したとき発覚したのは、盲人だった宇宙がまばたきを
し、カトリックの失われた巫女たちは不確実な無実体を凶暴なまま ある牢獄へと幽閉した、その結果、雷鳴は激怒し、一個の土地へと
無理矢理奴等を放り込んだ。」
「袋の中で窒息し
光は透明な生殖器を海の始まりと共に、完全に無化させ
重力に身を任せ光年を旅し
空間を欲することなく
ユートピアを捨て
存在に反吐をもよおし
無意味に増殖し
度重なるブラーした無実体は不愉快に私たちの感覚を邪魔し
そもそも同じ場所で息をしていないとすら宣言出来ない。」
「議題はいかに革命は「光学的」でありうるか?」
「光学は本来の実体を表さず、獣のように息を潜め隠れ、裏側に静
かに存在している。」
SE:「照らし出せ」「照らし出せ」「照らし出せ」「照らし出せ」
「瓦礫の山からタイプライターのような近未来のボックスを探し、
無政府状態をぶち込み、ギュウギュウに押し詰められた牢獄の中
で光明を頭上に放て!」
イリュミナシオンは映画のための映画などではない。すべて活動のための、光学的革命のための、指針にすぎず、始まりにすぎない。イリュミナシオンは光に裏切られた人類の闘争、序章の記録である。

illuminations installation TEXT 0403 2011「創世記を説明しようとするならば光を解剖しなければならない。
光の尺度を。
光の構成要素を。
光の本来の有り様を。」
「光がこの世界を困窮へと導き、錯乱をつくり、本来の様相を見えなく
させている。
光が我々をめくらにしている。めくらには光は見えない。
「光を誰もが認識出来ていない。
光は我々を何万年にも渡って騙し続けた。
本来の光は外部にだけある。
外部にしか光はない。」
「それは不吉な啓示であった!!!!!!!!
外部空間で膝をついて佇むある天使が口にした言葉
は!!!!!!!」
「あなたたちは預言者です。あなたたちは~(ディレイ)」
「原体験が、矢でいられたように、目の中でリフレクシ
ョンし続ける!!!!!!!!」
『アイルランドで聖パトリックの杖を振り回し、全群衆に刃向かった、
アントナン アルトーは「ロトと娘たち」のあの火を激怒の背後に従わ
せ、「私はゴルゴダを覚えている」と叫んだ。』
『だが、火の裏側には何もなく、絶命的な欲のせいで多くのものが死ん
だのだ。
火は死を殺めた。
火は決して事物を構成せず、破壊的二次元性を暗喩し、土地を焼き払う
ためにうまれ、すべて戦争力学の根底を成している。』
『火は革命から最も遠いところにある。
革命は光学的であらねばならない。』
「千里眼を持っているとランボーは言っていた。
敢えて日が強く照るアフリカに逃避したのは何故だろう?
ランボーは光が見えすぎた。」
「 人類が最初に歩行するときまず自分の足を見た。そこにあるのは既に不確
実な無実体でしかなかった。
井戸の水が枯れたとき、救いを求め太陽に祈ったが、太陽は裏切ることし
かしなかった。 」
「光に裏切られてから歴史が始まった。」
「そこで私は何かを見つけたのだろう。しかし私にとって殆どが見え
ないものであったし
私自身美しいと感じるものはすぐに失われてしまうと危惧していたし
美しいと感じるものを誰かに見せようとも思わなかったから。だか
らそれを封印した。』
「光を解剖することは神に背くことである。」
「私は産まれてから何も知らず、そして今も変わらず無知のままだ。
経過した光は超高速に人体を通過し、決して捉えられずに生命は存
在を否定し、
崇高で無気力で
魂さえも超えて
(溶けていく)」
「俺が俺を殺したとき発覚したのは、盲人だった宇宙がまばたきを
し、カトリックの失われた巫女たちは不確実な無実体を凶暴なまま ある牢獄へと幽閉した、その結果、雷鳴は激怒し、一個の土地へと
無理矢理奴等を放り込んだ。」
「袋の中で窒息し
光は透明な生殖器を海の始まりと共に、完全に無化させ
重力に身を任せ光年を旅し
空間を欲することなく
ユートピアを捨て
存在に反吐をもよおし
無意味に増殖し
度重なるブラーした無実体は不愉快に私たちの感覚を邪魔し
そもそも同じ場所で息をしていないとすら宣言出来ない。」
「議題はいかに革命は「光学的」でありうるか?」
「光学は本来の実体を表さず、獣のように息を潜め隠れ、裏側に静
かに存在している。」
SE:「照らし出せ」「照らし出せ」「照らし出せ」「照らし出せ」
「瓦礫の山からタイプライターのような近未来のボックスを探し、
無政府状態をぶち込み、ギュウギュウに押し詰められた牢獄の中
で光明を頭上に放て!」
2010年12月9日木曜日
HTRK body double
"HTRK-body double" http://www.youtube.com/watch?v=9LLQqW0vOHo
High quality version on vimeo http://vimeo.com/17597786
2010年12月7日火曜日
イリュミナシオンin LONDON
この世に産み落とされた瞬間から、まるっきりの歪んだ偶像に取り囲まれた。1999年、世紀末、阪神大震災、アンドロメダの大王、オウム真理教、地下鉄サリン事件、電子ネットワーク、情報化社会、ミクロ権力、蔓延る精神病と異常者たち、悪魔のアメリカ、自作自演とやり玉をあげられるエンパイアステートビル…すべてが嘘のような風景で、信じがたかい、到底認めたくない救い難いはりぼてのような世界観であった。それらは社会の歪みが産んだ恐るべき魔物そのものであるといえ、まったくの嘘っぱちを無理矢理強要し、常に自分たちのレベルにまで引き落とそうと躍起になる。それらを誤ったものとしてすべて頑に撥ね除けてきた。
アントナンアルトーはこの世は黒魔術の要塞だと言ったが、現実にいまここで、この瞬間でさえ、アルトーが言ったその「呪いの要塞」は複雑に電信し、絡み合い、0地点へと決して回帰することなく、生命の運動機能を失った世界の循環機能は、ますます救い難く絶望的なものとなっているということをまずここに書き留めておかねばならない。いつの時代もよりいい時代というものはない、だが、密度に変化はあり、より革命は実現不可能で絶望的となる。既に発覚したときには末期状態であるということを一体誰が指摘したのだろうか?いいや、何度も指摘はなされたのだ。例えば、フランスの作家ルイ=フェルディナンセリーヌ。
セリーヌは対独ナチス協力者だったって?反ユダヤ主義者だったって?うるせえやい!!そんなことは全く問題にならない。議題にあげる必要性すらないのだ。殆どのフランス人はセリーヌが嫌いだって?そりゃあそうだ、セリーヌは君らの矛盾に満ち満ちた視点を怒りと呪詛によって丸裸にしようとしたのだから。狂った神のような熱病に冒されながら遥かに超越した視点で罵詈雑言を機関銃のようにぶっ放し、人類と真っ向から対峙した!!歪みから産まれた存在…ああセリーヌ…世界の不幸をひとりで背負ってしまったなんて…なんてことだ!!こんなチープなおとぎ話みたいな劇を閉幕させたいよそりゃあ俺だって、ブラックホールに突っ込んで、惑星をポケットに仕舞い込んで、あばよ!あばよ!なんて愉快なことだろう。崩壊後の大いなる神々に「白痴」の笑いを…ジーザス!!A votre sante!!!
大陸や空間、今や宇宙の領域にまで至る所で感染した糸屑のようなアルトーが告発した「呪い」、四方八方を覆い尽くし、その世界の調律線は今後ますます複雑にそれぞれが電通電信し、その電波の激流を塞き止めることはもはや不可能なのだろうか?
いいや、そんなことは決して認めてはならないのだ!!断じて認めてはならないのだ!!!
私はロンドンに行った。幾つかのセンセーショナルな出来事、幾つかのビデオ、そしてイリュミナシオン!!
資本主義の歪みの象徴都市ロンドン、死んでいる冷たい都市ロンドンが熱気と過信をさらに相乗させ、覚醒させ、革命にとり憑かれたイリュミナシオンの道化人形は宙に擡げたように過去の亡霊たちに操られ、彼らと共に過去を横断しながら、一個の死体をより明瞭に発見した。
この紛れなき確信の啓示、ダンテの地獄篇、煉獄篇、天国篇へと続く旅路はニーチェ的な意味である神の死から白痴の蔓延る網膜剥離のような恐るべき病の失明や記憶喪失、呪いの要塞都市アルファヴィル即ち電子ネットワークまで、夜を切開するメスのように一刀両断され、ここ数年間というもの崖から突き落とされ、あらゆる障壁に敗れそうになり、老いたるわだつみで溺れ、赤子のように呼吸困難に陥っていた。
然し嫌なことばかりでもないのだ、両断された断面は飛び抜けて美しいものである。遺留された情報の数々は眩き、目映い色彩を独力で放ち、万華鏡の内部のように、時に夢のような世界観が投影される。亡霊たちのオーケストラはシステムの音感から孤立しており、論理化されていない裸の楽譜のページを引き千切り、ポケットにしまう。極めて感慨深いものである、さすがにこの時ばかりは思う、あの日のトロツキーのように「人生は美しい」と。
苦しくも死刑が執行されてしまった、鈴木創士氏がトマスによる福音書の一文を引用して(イエスは言った、世界を知ったものは一個の死体を見つけた、その一個の死体を見つけた者、世界は彼にふさわしくない。トマスによる福音書より)指摘したように世界にふさわしくない、ジャックヴァシェ、ジャックリゴー、アルチュールクラヴァンのようなダダの自殺者たちが、私に世界の十字架を放棄しろと叫び、沈黙するということへの確信へと導いたのだった…生活でダダを実践した驚くべき本物のダダイストたち!!唯一、ダダイストであった彼らは何をする時でも頭の中に常に喚きかけ、反芸術という旗印を誇示させようとし、彼らにとり憑かれ、尊敬し、憧れ、それらの亡霊たちを背負い、すべての生き方を放棄させようとした。
何が正しいかって?反芸術?自殺への呼びかけ?モーリスパレス裁判のリゴーを信じろって?クラヴァンとあの革命家トロツキーはアメリカ行きの船で一体何を話したのだろうか?どういうことなのか、判断なんか出来るはずもなかった!!そんなこと分かりっこない!!だが、現在、私はグルになって降りかかってくるあの疎ましき社会の死刑執行人ども、それらの「呪い」にどうにか耐え、それを受け入れ、辛うじてその赤子は老いたるわだつみの中からどうにか這い上がり陸地に辛うじて立ち、進化したのだ。
そして、私たちは膨大な負の系譜の末端として、イリュミナシオンという私たちの映画を通して歩行を始めた最初の人類である。そしてこの事実は電子化され、記号化されているネットワーク上での世界の同時性ということと絶対に切り離すことは出来ない。
splinters directed by yokna patofa
世界の電波情報局を通して、秘密の亡霊配達人たち、尊く猛々しい尻尾の亡霊馬車、空間の裂け目で配達していることを黙しながら、誰に気付かれることなく全うに職務を遂行している。
ああ…愛しき馬たち、幽玄なる毛並みは魔法の道しるべに手紙を遺して、それらを今宵も受け取るだろう。
そう、誰かが貴方を呼んでいる、私が私を呼んでいる。
HELLO!!YES!!HTRK!!!
紛れもなく時代の最先端にいるHTRKのビデオを私たちは撮った。
ヨクナはこのバンドに出会うことが出来て本当に幸運だと思う。

HTRK http://www.myspace.com/htrk(発音:ヘイトロック、またはHate Rock Trioとして知られる)は、2003年にメルボルンで活動を始めた。
前身バンド、Portraits of Hugo Perezの解散後、ベーシストのSean StewartとギタリストのNigel Yangが、The Birthday Partyのようなプロジェクトを作ることを目的として
ボーカリストのJonnine Dを新たに加入させた。ただし、スローペースの機械的な反復(散在するプリミティブなドラムマシーンのループと、Jonnineの叩くパーカッションの儀礼)、ゾッとする程に冷たい幽玄なエレクトロニクスのウェイヴ、耳をつんざくギターのフィードバック、を伴うものとして。
過度なスローテンポ、両性具有的なボーカル、執拗な反復と、極端な大音量のパフォーマンス、といったバンドの美学は、当時メルボルンでピークに達していた80年代のガレージロックのリバイバルシーンと衝突した。この状況は、バンドがメルボルンからヨーロッパに拠点を移す、国外脱出を促した。
三人はノイズロック、シューゲイザー、実験的なエレクトロニカといったすべてのものへの愛を追い求め、ベルリンへ向かった。彼らはそこで、EPをレコーディングすることとなる。借りた機材で録音された一つのライヴ・テイクは、バンドの妥協のない演奏を接写した、ドキュメントとなっている。
‘Nostalgia’は、500枚限定でバンド自身の手でリリースされたが、バンドは批評的な注意を引きつけ、イギリスのレーベル、Fire Recordsから2007年にEPを再リリースした。
二年後、Blast First Petite(Suicide,Pan sonic,Alan Vega,The Slits)とサインをし、三人は彼らのデビュー・フル・アルバム‘Marry Me Tonight’を、神出鬼没のメルボルンのプロデューサー、LindsayGravinaの手によってレコーディングすることとなる。その後、偉大なるRowland S Howard(The Birthday Party&The Bad Seeds)が制作に参加し、また、時に、自身がギターとしても加わることになった。
Marry Me Tonightは、それまでのバンドを定義していた、荒削りのインダストリアルな反復を犠牲として支払うことないまま、より洗練された、最新式の作品として完成した。
written by Yokna Patofa
HTRKの繊細なチューンは冷たい都市ロンドンにとてもよく似合う。HTRKは同時代性ということを私に最も意識させるバンドである。ICAでのライブは率直にとても哀しみに満ちていた。都市の哀しみ、記号であることしか生存出来ないある種の諦めのようなものを感じ、スペクタクルの要塞都市ロンドンを横断して、HTRKのベーシストのSeanはベルリンで自殺してしまったのだった…ロンドンから逃避して、ひとりでSeanは哀しみと対峙していたのだろうか?あまりに悲しすぎるじゃないか!!
3rdALBUMはSeanのベースラインで制作されることが決まっている。Yoknaはアルバムのタイトルは「work work work」と言っていた、なんて皮肉なんだろう…。黙るしかないよ…もう…。vocalのJonnineは最期でSeanに向けて何かを捧げていた。何を言ってるか聞き取れなかったんだけど、もの凄い終末的な喪失感を感じた。秘密の暗号のようなものだったのだろうか?後で撮ったビデオを観てより一層…。観客の何人かは泣いていた…。
彼らはきっとこの時期にライブなんてやりたくなかったのかもしれない、Seanに対する責任と使命で動いているような気がした、決して抗えない大きな動きの中で。そして今後もその動きの中から彼らは逃れることは出来ないだろうか?私にはよく分からない。私は何も語るべきではないと思っている。ただ、ひとつ言えることは彼らの繊細な領域に土足で踏み入るわけにはいけないのだ。そんなこと絶対にしてはならない。思い出も何もかも…触らずに放っておくしかないのだ。それが礼儀だ。
ある友人の音楽家が私に言ったことを思い出す。本当にどうしようもないこと、取り返しのつかないことは生きているだけでとても多く、そのような罪の意識はだんだん自分自身へ還り、それがより一層人間を寂しくさせるのだからと…
哀しげに反響するメロディアスな質感、都市をつんざき横断する冷たいJonnineのボイス、そして死者たちの声が、seanのbassが軋み、nigelのセンシティブなギターが応じる、死者たちに干渉してはならない、死者たちを名誉づけてはならない、死者たちの思い出を改竄してはならない、死者たちのことを語るとき最善の礼儀を尽くさなくてはならない、死者たちはすべて知っている、それゆえあなたのことも、周りを取り囲むすべてを死者たちは知っているのだから。
情があるうちは私たちはまだ生きていることが出来るだろう。
いや、本当に生きていると言えるのか?
だって私たちが立っているこの惑星のことすらもまだ誰も知らない。
誰もが本当に生きているかどうかさえ何も分からないのだ。
(HTRKのビデオに関してはヨクナパトーファが最後の曲の映像を基にディレクションし、現在編集をしているようです。)
そして NEUROTIC MASS MOVEMENT
http://www.myspace.com/neuroticmassmovement
ロンドンでの日々の半分くらいを彼らの家で滞在させて貰い、本当に頭が上がらない思いでいっぱいだ。
メンバーのイェンはとてもパワフルで、魅力的だ。とにかく激しい感情を飼っていて、とても優しい。
デイヴィッドはシチュアシオニスムを信仰している、とても知的で、素晴らしいブルースのギタリスト。
カルメンはイングリットカーフェン顔負けのもの凄い美人で、スピリチュアルで、もの静かでマリアみたいだと思った。
ヨクナの人徳もあり、家におしかけてしまい、ビデオを撮らせて貰い、やれキスしろだの、やれ映画に出ろだの、考えてみれば無茶苦茶ずうずうしいことをしてしまった…。イェンにユーアーファックマン、ユークレイジーと言いまくられたし、イェンはエキサイトしてデイヴィッドとも喧嘩しまくってたし、めちゃくちゃストレスが溜まっていたのだろう笑
カルメンとイェンがキスしているところをメインにビデオを撮ったのだけど、後でデイヴィッドにヨクナがめちゃくちゃ怒られたらしい。それはとても美しいシーンだと思ったのだけれど、ソフトポルノはアートではないと、セクシャリティを安易に扱うことはとてもチープだと。確かにその通りだと思い、勝手に舞い上がって馬鹿なことをしてしまった、ヨクナと二人で凄く反省した。ポエジーであるということは確かに重要なエッセンスだけれど、もの凄く基本的なことで、必ずそこになければならないものだ。ポエジーであって、構造的であり、尚かつ革新的でなければならない。ポエジーであるだけでは説得力を持たないし、大きな壁を打ち壊すことは出来ない。しかし、同時にポエジーは最も重要で、魅力的な感覚だとも思う。
このビデオに関してはヨクナとディスカッションして、実験映像として、足りない部分を追撮して完成させようと思う。そして、来年きちんと予算を組んでPVを撮りたいとヨクナと話す。
デイヴィドとカルメンにイリュミナシオンに出演して貰った。それぞれが特徴的な素晴らしいシーンが撮れた。
カルメンは天性の女優だった、氷点下の寒空の下でワンピース一枚で立たせても愚痴ひとつ零さないし、ヨクナがした奇抜なメイクも彼女はとても気に入ってくれ、町往く人びとを吃驚させながらも、とても楽しんでいる様子で、本当に可愛いと思った。彼女のような人とずっと一緒に仕事をしたかった。
そして別のシーン。ウェストミンスター寺院でモーゼの滝のような奇跡的ショットが撮れた。
イリュミナシオンすることが出来た。
そして、少し準備期間を設けて、次のシーンの撮影に入ります。
私は革命への地道な努力をしているし、革命への可能性を信じています。
「十一月、第三の日、破壊が照射される。
第七の日、破壊が光を放って爆発する。
苦しめられし者は全世界に対し認知されし者、啓示を受けし者となる。」
アントナン アルトー
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