2010年12月9日木曜日
HTRK body double
"HTRK-body double" http://www.youtube.com/watch?v=9LLQqW0vOHo
High quality version on vimeo http://vimeo.com/17597786
2010年12月7日火曜日
イリュミナシオンin LONDON
この世に産み落とされた瞬間から、まるっきりの歪んだ偶像に取り囲まれた。1999年、世紀末、阪神大震災、アンドロメダの大王、オウム真理教、地下鉄サリン事件、電子ネットワーク、情報化社会、ミクロ権力、蔓延る精神病と異常者たち、悪魔のアメリカ、自作自演とやり玉をあげられるエンパイアステートビル…すべてが嘘のような風景で、信じがたかい、到底認めたくない救い難いはりぼてのような世界観であった。それらは社会の歪みが産んだ恐るべき魔物そのものであるといえ、まったくの嘘っぱちを無理矢理強要し、常に自分たちのレベルにまで引き落とそうと躍起になる。それらを誤ったものとしてすべて頑に撥ね除けてきた。
アントナンアルトーはこの世は黒魔術の要塞だと言ったが、現実にいまここで、この瞬間でさえ、アルトーが言ったその「呪いの要塞」は複雑に電信し、絡み合い、0地点へと決して回帰することなく、生命の運動機能を失った世界の循環機能は、ますます救い難く絶望的なものとなっているということをまずここに書き留めておかねばならない。いつの時代もよりいい時代というものはない、だが、密度に変化はあり、より革命は実現不可能で絶望的となる。既に発覚したときには末期状態であるということを一体誰が指摘したのだろうか?いいや、何度も指摘はなされたのだ。例えば、フランスの作家ルイ=フェルディナンセリーヌ。
セリーヌは対独ナチス協力者だったって?反ユダヤ主義者だったって?うるせえやい!!そんなことは全く問題にならない。議題にあげる必要性すらないのだ。殆どのフランス人はセリーヌが嫌いだって?そりゃあそうだ、セリーヌは君らの矛盾に満ち満ちた視点を怒りと呪詛によって丸裸にしようとしたのだから。狂った神のような熱病に冒されながら遥かに超越した視点で罵詈雑言を機関銃のようにぶっ放し、人類と真っ向から対峙した!!歪みから産まれた存在…ああセリーヌ…世界の不幸をひとりで背負ってしまったなんて…なんてことだ!!こんなチープなおとぎ話みたいな劇を閉幕させたいよそりゃあ俺だって、ブラックホールに突っ込んで、惑星をポケットに仕舞い込んで、あばよ!あばよ!なんて愉快なことだろう。崩壊後の大いなる神々に「白痴」の笑いを…ジーザス!!A votre sante!!!
大陸や空間、今や宇宙の領域にまで至る所で感染した糸屑のようなアルトーが告発した「呪い」、四方八方を覆い尽くし、その世界の調律線は今後ますます複雑にそれぞれが電通電信し、その電波の激流を塞き止めることはもはや不可能なのだろうか?
いいや、そんなことは決して認めてはならないのだ!!断じて認めてはならないのだ!!!
私はロンドンに行った。幾つかのセンセーショナルな出来事、幾つかのビデオ、そしてイリュミナシオン!!
資本主義の歪みの象徴都市ロンドン、死んでいる冷たい都市ロンドンが熱気と過信をさらに相乗させ、覚醒させ、革命にとり憑かれたイリュミナシオンの道化人形は宙に擡げたように過去の亡霊たちに操られ、彼らと共に過去を横断しながら、一個の死体をより明瞭に発見した。
この紛れなき確信の啓示、ダンテの地獄篇、煉獄篇、天国篇へと続く旅路はニーチェ的な意味である神の死から白痴の蔓延る網膜剥離のような恐るべき病の失明や記憶喪失、呪いの要塞都市アルファヴィル即ち電子ネットワークまで、夜を切開するメスのように一刀両断され、ここ数年間というもの崖から突き落とされ、あらゆる障壁に敗れそうになり、老いたるわだつみで溺れ、赤子のように呼吸困難に陥っていた。
然し嫌なことばかりでもないのだ、両断された断面は飛び抜けて美しいものである。遺留された情報の数々は眩き、目映い色彩を独力で放ち、万華鏡の内部のように、時に夢のような世界観が投影される。亡霊たちのオーケストラはシステムの音感から孤立しており、論理化されていない裸の楽譜のページを引き千切り、ポケットにしまう。極めて感慨深いものである、さすがにこの時ばかりは思う、あの日のトロツキーのように「人生は美しい」と。
苦しくも死刑が執行されてしまった、鈴木創士氏がトマスによる福音書の一文を引用して(イエスは言った、世界を知ったものは一個の死体を見つけた、その一個の死体を見つけた者、世界は彼にふさわしくない。トマスによる福音書より)指摘したように世界にふさわしくない、ジャックヴァシェ、ジャックリゴー、アルチュールクラヴァンのようなダダの自殺者たちが、私に世界の十字架を放棄しろと叫び、沈黙するということへの確信へと導いたのだった…生活でダダを実践した驚くべき本物のダダイストたち!!唯一、ダダイストであった彼らは何をする時でも頭の中に常に喚きかけ、反芸術という旗印を誇示させようとし、彼らにとり憑かれ、尊敬し、憧れ、それらの亡霊たちを背負い、すべての生き方を放棄させようとした。
何が正しいかって?反芸術?自殺への呼びかけ?モーリスパレス裁判のリゴーを信じろって?クラヴァンとあの革命家トロツキーはアメリカ行きの船で一体何を話したのだろうか?どういうことなのか、判断なんか出来るはずもなかった!!そんなこと分かりっこない!!だが、現在、私はグルになって降りかかってくるあの疎ましき社会の死刑執行人ども、それらの「呪い」にどうにか耐え、それを受け入れ、辛うじてその赤子は老いたるわだつみの中からどうにか這い上がり陸地に辛うじて立ち、進化したのだ。
そして、私たちは膨大な負の系譜の末端として、イリュミナシオンという私たちの映画を通して歩行を始めた最初の人類である。そしてこの事実は電子化され、記号化されているネットワーク上での世界の同時性ということと絶対に切り離すことは出来ない。
splinters directed by yokna patofa
世界の電波情報局を通して、秘密の亡霊配達人たち、尊く猛々しい尻尾の亡霊馬車、空間の裂け目で配達していることを黙しながら、誰に気付かれることなく全うに職務を遂行している。
ああ…愛しき馬たち、幽玄なる毛並みは魔法の道しるべに手紙を遺して、それらを今宵も受け取るだろう。
そう、誰かが貴方を呼んでいる、私が私を呼んでいる。
HELLO!!YES!!HTRK!!!
紛れもなく時代の最先端にいるHTRKのビデオを私たちは撮った。
ヨクナはこのバンドに出会うことが出来て本当に幸運だと思う。

HTRK http://www.myspace.com/htrk(発音:ヘイトロック、またはHate Rock Trioとして知られる)は、2003年にメルボルンで活動を始めた。
前身バンド、Portraits of Hugo Perezの解散後、ベーシストのSean StewartとギタリストのNigel Yangが、The Birthday Partyのようなプロジェクトを作ることを目的として
ボーカリストのJonnine Dを新たに加入させた。ただし、スローペースの機械的な反復(散在するプリミティブなドラムマシーンのループと、Jonnineの叩くパーカッションの儀礼)、ゾッとする程に冷たい幽玄なエレクトロニクスのウェイヴ、耳をつんざくギターのフィードバック、を伴うものとして。
過度なスローテンポ、両性具有的なボーカル、執拗な反復と、極端な大音量のパフォーマンス、といったバンドの美学は、当時メルボルンでピークに達していた80年代のガレージロックのリバイバルシーンと衝突した。この状況は、バンドがメルボルンからヨーロッパに拠点を移す、国外脱出を促した。
三人はノイズロック、シューゲイザー、実験的なエレクトロニカといったすべてのものへの愛を追い求め、ベルリンへ向かった。彼らはそこで、EPをレコーディングすることとなる。借りた機材で録音された一つのライヴ・テイクは、バンドの妥協のない演奏を接写した、ドキュメントとなっている。
‘Nostalgia’は、500枚限定でバンド自身の手でリリースされたが、バンドは批評的な注意を引きつけ、イギリスのレーベル、Fire Recordsから2007年にEPを再リリースした。
二年後、Blast First Petite(Suicide,Pan sonic,Alan Vega,The Slits)とサインをし、三人は彼らのデビュー・フル・アルバム‘Marry Me Tonight’を、神出鬼没のメルボルンのプロデューサー、LindsayGravinaの手によってレコーディングすることとなる。その後、偉大なるRowland S Howard(The Birthday Party&The Bad Seeds)が制作に参加し、また、時に、自身がギターとしても加わることになった。
Marry Me Tonightは、それまでのバンドを定義していた、荒削りのインダストリアルな反復を犠牲として支払うことないまま、より洗練された、最新式の作品として完成した。
written by Yokna Patofa
HTRKの繊細なチューンは冷たい都市ロンドンにとてもよく似合う。HTRKは同時代性ということを私に最も意識させるバンドである。ICAでのライブは率直にとても哀しみに満ちていた。都市の哀しみ、記号であることしか生存出来ないある種の諦めのようなものを感じ、スペクタクルの要塞都市ロンドンを横断して、HTRKのベーシストのSeanはベルリンで自殺してしまったのだった…ロンドンから逃避して、ひとりでSeanは哀しみと対峙していたのだろうか?あまりに悲しすぎるじゃないか!!
3rdALBUMはSeanのベースラインで制作されることが決まっている。Yoknaはアルバムのタイトルは「work work work」と言っていた、なんて皮肉なんだろう…。黙るしかないよ…もう…。vocalのJonnineは最期でSeanに向けて何かを捧げていた。何を言ってるか聞き取れなかったんだけど、もの凄い終末的な喪失感を感じた。秘密の暗号のようなものだったのだろうか?後で撮ったビデオを観てより一層…。観客の何人かは泣いていた…。
彼らはきっとこの時期にライブなんてやりたくなかったのかもしれない、Seanに対する責任と使命で動いているような気がした、決して抗えない大きな動きの中で。そして今後もその動きの中から彼らは逃れることは出来ないだろうか?私にはよく分からない。私は何も語るべきではないと思っている。ただ、ひとつ言えることは彼らの繊細な領域に土足で踏み入るわけにはいけないのだ。そんなこと絶対にしてはならない。思い出も何もかも…触らずに放っておくしかないのだ。それが礼儀だ。
ある友人の音楽家が私に言ったことを思い出す。本当にどうしようもないこと、取り返しのつかないことは生きているだけでとても多く、そのような罪の意識はだんだん自分自身へ還り、それがより一層人間を寂しくさせるのだからと…
哀しげに反響するメロディアスな質感、都市をつんざき横断する冷たいJonnineのボイス、そして死者たちの声が、seanのbassが軋み、nigelのセンシティブなギターが応じる、死者たちに干渉してはならない、死者たちを名誉づけてはならない、死者たちの思い出を改竄してはならない、死者たちのことを語るとき最善の礼儀を尽くさなくてはならない、死者たちはすべて知っている、それゆえあなたのことも、周りを取り囲むすべてを死者たちは知っているのだから。
情があるうちは私たちはまだ生きていることが出来るだろう。
いや、本当に生きていると言えるのか?
だって私たちが立っているこの惑星のことすらもまだ誰も知らない。
誰もが本当に生きているかどうかさえ何も分からないのだ。
(HTRKのビデオに関してはヨクナパトーファが最後の曲の映像を基にディレクションし、現在編集をしているようです。)
そして NEUROTIC MASS MOVEMENT
http://www.myspace.com/neuroticmassmovement
ロンドンでの日々の半分くらいを彼らの家で滞在させて貰い、本当に頭が上がらない思いでいっぱいだ。
メンバーのイェンはとてもパワフルで、魅力的だ。とにかく激しい感情を飼っていて、とても優しい。
デイヴィッドはシチュアシオニスムを信仰している、とても知的で、素晴らしいブルースのギタリスト。
カルメンはイングリットカーフェン顔負けのもの凄い美人で、スピリチュアルで、もの静かでマリアみたいだと思った。
ヨクナの人徳もあり、家におしかけてしまい、ビデオを撮らせて貰い、やれキスしろだの、やれ映画に出ろだの、考えてみれば無茶苦茶ずうずうしいことをしてしまった…。イェンにユーアーファックマン、ユークレイジーと言いまくられたし、イェンはエキサイトしてデイヴィッドとも喧嘩しまくってたし、めちゃくちゃストレスが溜まっていたのだろう笑
カルメンとイェンがキスしているところをメインにビデオを撮ったのだけど、後でデイヴィッドにヨクナがめちゃくちゃ怒られたらしい。それはとても美しいシーンだと思ったのだけれど、ソフトポルノはアートではないと、セクシャリティを安易に扱うことはとてもチープだと。確かにその通りだと思い、勝手に舞い上がって馬鹿なことをしてしまった、ヨクナと二人で凄く反省した。ポエジーであるということは確かに重要なエッセンスだけれど、もの凄く基本的なことで、必ずそこになければならないものだ。ポエジーであって、構造的であり、尚かつ革新的でなければならない。ポエジーであるだけでは説得力を持たないし、大きな壁を打ち壊すことは出来ない。しかし、同時にポエジーは最も重要で、魅力的な感覚だとも思う。
このビデオに関してはヨクナとディスカッションして、実験映像として、足りない部分を追撮して完成させようと思う。そして、来年きちんと予算を組んでPVを撮りたいとヨクナと話す。
デイヴィドとカルメンにイリュミナシオンに出演して貰った。それぞれが特徴的な素晴らしいシーンが撮れた。
カルメンは天性の女優だった、氷点下の寒空の下でワンピース一枚で立たせても愚痴ひとつ零さないし、ヨクナがした奇抜なメイクも彼女はとても気に入ってくれ、町往く人びとを吃驚させながらも、とても楽しんでいる様子で、本当に可愛いと思った。彼女のような人とずっと一緒に仕事をしたかった。
そして別のシーン。ウェストミンスター寺院でモーゼの滝のような奇跡的ショットが撮れた。
イリュミナシオンすることが出来た。
そして、少し準備期間を設けて、次のシーンの撮影に入ります。
私は革命への地道な努力をしているし、革命への可能性を信じています。
「十一月、第三の日、破壊が照射される。
第七の日、破壊が光を放って爆発する。
苦しめられし者は全世界に対し認知されし者、啓示を受けし者となる。」
アントナン アルトー
2009年12月29日火曜日
2009年度総括
神聖なる者たちは薄暗い精神の墓場への一本道を救いを求めて力なく行進する。 死者たちと鉢合わせることになるその一本道は地獄への境界線と一瞬交差する。
「この世に向いていない」という烙印を背中に押され、
ただまるで成す術もなく彷徨する麻痺の土地へと続く行軍である。
新宿へ車を走らせる、もうクタクタだった、誰にも会いたくねえ、九官鳥にだって喋りかけたくねえ。1300円が全財産だった、何度数えても1300円、それで何が出来るというのか馬鹿らしい車内でひとり大笑いする、落ち着き涎を袖で拭く。velvet under groundのHeroinが流れる、相反して脳内麻薬のアドレナリンが分泌する、upperの高揚がすべて罪を犯しやがる夢遊病者の様に導かれる高層ビルの冷たいアスファルト、寒いガタガタ震える意識なき顔なきシステムに構築された都会のコミューンへ阿片窟だったらいいのに。主演女優のNさんがいた、「監督の言っていることがまるで理解出来ません、行動にはすべて意味があるしそういう演出をすべきです私じゃなくてもいいんじゃないですか、何で私なんですか」そう別にあんたじゃなくたっていいのだ俺はあんたの顔と身体と声さえあればそれでいいのだ、精神を形成しコントロールするのは俺の仕事だ、機械みたく頷いてりゃそれで一向に俺は構わんわけだでなければ俺のここまでやった仕事は凡て破滅する、全く無意味であるわけだ、説得力さえありゃあ上手くいったが・・それが俺にはなかった。意識的な演技は演技であって演技でないそこに立在する肉体には何の価値もない、偽者の稚拙な滑稽なサーカス・・ただの哀れな虚構のひとつに過ぎないわけだ、この世が構築する下らんシステムのひとつに俺の映画が一緒にされることだけは我慢がならなかった。映画の本質は音と場所と映像にあるわけだ、それらの物質的条件がすべて混ざり合い 初めて飛びぬけた映画の真実の様相を見出せる。しかし、それは同時に奇跡に近い手品とも言えるだろう。偉大なる手品師寺山修司に俺はなれなかった、勿論俺は寺山氏ではないから当たり前だし、全く違う生き方であるから当然だが、スタイルに通じるものはあったからだ。役者個人の自意識なんぞ糞くらいやがれ、あんた自身には何の価値もない、ただ邪魔になるだけという事が何故分からんのか、そしてそこで構築されたもうひとつの世界に我々は捲き込まれなければいけないのであり、突き抜けた精神の変容は、死者たちと秘密の場所、声、肉体を通じて様々な奇怪な現象を巻き起こす、その瞬間に派生する美を映像を通じて俺は切り取りたかった、しかしその前にぶっ壊れやがった。当然かもしれない、誰もがひとりの人間であるわけだから。そんな苦行はお笑い草だろうよ。狂気そのものを表現するということは、同時に墓場に片足を突っ込むことになるわけだ。そんな馬鹿みたいなことを必死こいてやろうとした俺だけがまたひとつの地獄を見ちまったわけだ。
スタッフのKに電話する。「主演が降りちまった・・もう駄目かもしんねえな、これからばあさんのとこ行って金を無心しにいくつもりだったんだけど、もう意味ねえな映画は御陀仏なわけだし。とにかくA子が東京駅に来てるらしいから迎えに行ってくるよ。」Kが低い声で頷く、弱きなか細い小鳥の遺言、ああ完全に終わっちまった。無鉄砲極まりない強行撮影で金は完全に尽きた、仕事は失った、知人の何人もが周りからいなくなったもう何もかもどうでもよくなった、5年ぶりだしばあさんのとこには連絡しちまったし顔を出そうそれから今後のことを考えよう、A子を助手席に乗せ、世田谷に向かう。沈黙であることの苦痛、空気の裂け目、ワイパーが動くフロント硝子が淀んでいる。悪魔の溜息。「ねえ、普通に映画撮りたいから金を貸してくれって言っても、貸してくれないよ、あんたの映画なんかばあさんにしてみたらクソ以下の価値なわけだし。結婚するってことにして、お金借りたら、別に嘘でもちゃんと返せば問題ないわけだし、そうしようよ。はい、オッケー。」革ジャン、紫のタイツ、キングクリムゾンのアルバムのデザインである鼻のでかいクロンボのTシャツ、オレンジに脱色した髪の毛・・これがA子の様相相変わらず頭が沸いてやがる、こいつには常識が全くない、どこの世界にこんな格好で縁談に行く馬鹿がいるわけよ、頭が痛いおまけにバルビツール酸系の眠剤をやっていて呂律が回ってない、こんな状態なら金はどちみち借りられなかったなと・・思った。「映画はもう終わったからいいんだよ、ニコニコ愛想振り撒いて馬鹿みたいに頷いてりゃあいいよ、問題なし。金は借りない。」「はぁ?じゃあ行く意味ないのに、なんで行くの?お前はすぐ簡単に諦める根性なし。行きたくないんだよ、私。」「約束したから行くんだよ、最低限の社会のマナーは守ろうぜ、この先生きていけねえよ。」「分かったから、早くしよう、疲れてるし。」世田谷のばあさんの家に着く、ばあさんがお腹が空いてるだろうと梅干のおにぎりと納豆の海苔巻きを出す。俺は直ぐに平らげる、A子は一向に食おうとしない。ばあさんが聞く。「なんで食べないの?お腹空いてないの?」「私、納豆と梅だけは食べられないんです。口に入れると蕁麻疹が出るんです。」ばあさんが不機嫌そうな顔をするから代わりに俺が平らげる。「あなたは仕事何をしてるの?」A子はその時はスナックで働いていた、何をしてもすぐ辞める、俺が知る限りでは30も職は変えている。「えっ?いやーあの、食べ物をつくっています。って言っても食べられなくて、レストランにある見本分かりますか?硝子ケースに入っている、あれです。南瓜のヘタとか茄子の漬物とかトマトとか、トマトの色は難しいんですよ躍動感が出ないから、だから私は手先が器用なんです、それだけが唯一の取り柄です。」ばあさんが怪訝な顔をする、こりゃあヤバイとっとと引き上げよう。しかし、ばあさんも呆けているんだもう80だから。「そうなの?仕事は何でもやり続けないといけないよ、私は40年も公務員をやって、この家を3000万で買って40年も働いてお爺ちゃんと二人で貯金して、3000万でこの家を買ったのよ。」「すごいですね。尊敬します。キュウリも難しいんですよ、ちょっと曲がってるじゃないですか色を塗るのもそうだけど、粘土の材質もきちんと選ばないと、キュウリは作れないんです。」「だから、私は40年も働いて、3000万円でこの家を買って・・・」「すごいですね。尊敬します。ハンバーグとかの焼き物も難しいんです、色を選ばないと立体感が出なくて・・」「40年もひとつの所で働いて、お爺ちゃんと二人で貯金して・・・。」「すごいですね。尊敬します。塗料は普通のところで売っていないのです、業務用のところでないといい色は売っていないのです。」「この家を3000万で買って、ひとつのところで40年も働いて・・。」「すごいですね。尊敬します。きつねうどんが何の材質で出来ているか知っていますか?あれは特殊な粘土です・・」「お爺ちゃんと二人で貯金して・・。」
ぶっ壊れてやがる・・完全にぶっ壊れやがった・・どいつもこいつも気が狂ってる、このやり取りは2時間も続いた。ばあさんは呆けているから同じ話を何度も、A子はラリってるから食品の見本の話しかしねえわけだ。現実と虚構の境目、狂ったまぼろしの境界線、迷路に迷い込む、この空間を俯瞰から見下ろしてピエロがピエロを演じまたそのピエロがピエロを演じる、終わりなき責苦の芝居。頃合いを見計らって何とか席を立ち、車に乗り込む、ばあさんが精一杯の笑顔で見送る。「なんで君は同じ話しかしないわけ?すごいですね、尊敬しますって何で機械のように反芻するわけ。アレンジして違う褒めかたすりゃあいいのに、幾らばあさんが呆けててもおちょくってると思われるぞ。」「ホントにすごいと思ったんだから、他に言い様なかったの。おちょくってたわけじゃないよひとつのことを続けるのは尊敬するでしょ、しないの?」「するけど、もっと頑張ってアレンジはしようよ。」「そのアレンジってどういうこと?」
A子の友達の医学生が吉祥寺に来るというので、吉祥寺で合流する。三人で井の頭公園の池を阿呆の様に見つめ、ベンチに座り、買ってきた玩具の風船を膨らます。空っぽの頭でひとつの作業に没頭する、死人の瞬き、煌く空虚な夜空。「何で医者になろうと思ったの?」と俺が聞く「私を馬鹿にした男どもを社会的に抹殺したいから、金と権力が必要なの。」と医学生。「馬鹿にしたって何?そんな酷いことされたの?」「マリア様の像の下で私は犯されたのよ、馬鹿な二人の男に、膣に雑草と煙草の吸殻を詰め込まれた。あいつらに復讐する為に頑張って勉強して、やっと医学部に入ったの、社会的に抹殺したい男どもは腐る程いる。」「それで抹殺したとして、その先に何がある?そんなことに価値があるのか?」「君むかつくね、あんたは五番目に殺すことに今決めた。」その刹那、A子が叫ぶ、医学生の背中に幽霊を見たとのたまう。何でも40代くらいの青白い顔の眼鏡をかけた男の幽霊、すると俺の目の前で木の葉が飛蝗みたいに飛んでいるいくつもの木の葉が何枚も半円を描いて飛ぶ、断じて風ではない、風など微塵も吹いていなかった、驚き三人で呆然と立ち尽くしていると、背後の池から足音が、確実に聞こえる何人もの足音呼び寄せた死者たちを確実に、誰が?俺だろう、この頃確実に開けてはいけない扉を開けてしまったのだ奇怪な出来事が何遍も身の回りで起こった、この世ではやってはいけないことがある、暴いてはいけない踏み入れてはいけないひとつの空間がある車のミラーがぶつけてもいないのに立て続けに2度も割れた、列車の飛び降り事故を目の前で見た、気味の悪い無言電話は毎日続いたやめろやめろやめろうねる様に断続して続く輪廻の中で死者たちの声が響く、次第に生気と気配は失せてくる。そして、A子たちと別れて、ジュネの本を片手に家には帰らず代々木公園付近を塒に一週間放浪した、ひとつの所に居続けるその単純なことさえ出来なくなるほど精神は病み疲れ果てた、誰とも話したくなかった、ベンチで寝ていると男が俺の肩をゆすぶり聞く「ここは野鳥が寝ているので、他に行って寝て貰えますか?」ごめんなさいと謝り急いで他の寝床を探す、野鳥・・どういうことだ?俺が寝ていて野鳥に迷惑を掛けるだろうか、そんなことは絶対にない。クソッタレ、どいつもこいつも狂ってやがる、こんな世はいずれくたばっちまう、消滅の手を委ねられるのは誰だろうか、少なくとも病人どもではないはずだ。
その後は家に帰り、求職活動し何故か面接に受かり、とある広告会社で営業兼制作として働いた。どこにでもある地味な会社、辛うじて社会に接することで日々邪気と妙な殺気は少しずつ消え失せていく。以前から馬鹿にしていた小劇場の役者であった先輩に滅茶苦茶虐められる、皮肉なもんだ世界はこうやって回っている、屈辱を売って対価を得る日々。暇を持て余すことないように一生懸命働いた。3ヶ月目に社長に呼び止められて、飯を一緒に食いに行く。「お前、何でそんな墓場にいるような顔してんだ?借金でもあんのか?相談なら乗ってやる、何でも話せよ。お前になら幾らでも金は貸してやる、幾らだ?100万か?200万か?」「借金はないですよ。例えあってもそんなことは全く問題になりません。社長を含め、潜在的にどいつも犯罪者であることに問題があるわけです。社長もAさんもSさんもこの僕も皆例外なく犯罪者です、気付かずに人を陥れてるわけです、それがどういうことか分かりますか?それは世間的に悪人と見做されている人よりよっぽどタチが悪い、悪人は理由がなければ、人を殺しませんし、物も盗みませんし、人を陥れるということもしないしかし、あんたも僕も会社と言う権力に隠れて気付かずに人を殺し、物を盗み、人を陥れるわけです、理由なき犯罪をすることに何の意味がありますか?そんなこと全くクソ以下です、僕もあんたもクソ以下の下衆野郎だ、食べれるだけあればそれで満足でしょう?違いますか?クソ以下の詐欺師の下衆野郎どもはくたばるべきです、この世からくたばっちまえばいい、年の功だ、あんたが率先してくたばりやがれ!!!」
社長は怒りもせずに本当に悲しそうな顔をしていた、闘うべき対象は社長ではなかった、完全に悪態をつく相手を俺は間違えてしまったわけだ気に掛けてくれるだけ有難いものだ、下衆野郎とはまさしく俺のことだったわけだ、次の日から会社に行かなかった。
急いで航空券を買ってラオスに飛ぶ、日々麻痺に逃避する、静脈の亡霊と化すわけだこいつで俺の仲間たちは人生を狂わせちまった、人生果たしてそんなもんあるかどうかも疑問だがジャックリゴーの言う様に生きる理由などありはしない、かといって死ぬ理由もない、我々に残された、軽蔑を表す方法はただひとつそいつを受け入れることだ。ラオスで泊まった下宿先は酷かった、目の前で沢山の蟻が壁を這いずり次第に寝床にまでその蟻どもは押し寄せ俺を悪夢に陥れる、叩き潰せども叩き潰せども悪の巣から奴等はやってきやがる。また下宿の大家である老婆もまた酷いもので胃が爛れた口臭もさることながら容貌は魔女そのものだ。毎晩子供の尻を酷くぶっ叩き泣き叫ぶ声が部屋の壁にまで浸透して小刻みに震える。隣の部屋の老人は末期癌かいずれにしろ酷く重い病で、薬の小瓶を片手に持ち夜中に廊下で支離滅裂な独り言を呟きながら小便を垂れ流し這い擦り回るまさにキチガイの生き写しだ、アメリカのビート作家ウィリアム・バロウズによく似ていて、ここにも亡霊はいたわけだ。笑っちまうよ。この外道と共に二日間嘔吐の責苦を味わいつつも何故かくたばらなかった。くたばろうと思ったのにくたばらなかった。時間、時間、それぞれの存在、すべてそれらが矛盾しているということをただ責苦の中で考えた。
俺の仲間たち・・彼らは何をしているだろうか、顔中ピアスだらけのI子はトレイシーローズに似てすごく美人で明るかった常にピョンピョン跳ねていた4年前にチェコのブラハでくたばった、誰にも看取られることなく、静かにくたばった。その彼氏だったSは3年前から全く消息不明I子がくたばってから完全に気が狂っちまって、メキシコ人のオカマと同棲していて、一度家に遊びに行ったが、そのオカマに犯されそうになったから行っていない。生きてるか?S?俺はあのオカマが嫌いなんだよ、お前が嫌いなわけじゃねえ。知ってるか?Kは2年前にくたばっちまったぞ、新木場の路上で車に轢かれて御陀仏だよ、運転手も捕まってない、まったくひでえ話だ。この世の殆どはひでえ話で溢れてるがまあこれも例外に漏れずだ。Nはあんなにひでえシャブ中だったのに、奮起したぞ、今じゃ大層ご立派な職業についている、俺も吃驚だよ。今じゃ偶に会うのはあいつぐらいのもんだよ。ただ、あいつは何者かになっちまった。何者でもないのはもう俺だけだ。
常に何者かであろうとした俺たちは結局何者にもなれなかった、何者にもなるべきではなかったからだ。何者かであろうとすることは、社会に溶け込まれやがてひとつのゴミ屑と化す。何者かであることに向いてなかったと知っただけだ。それでいい、今後も何者にもなりたくない。
何者かであろうとする奴等は勝手にしやがれ!!そんなレッテルを俺たちは軽蔑し、鼻から眼中にはなかった。そうだろう?何かがあるから、それを表現する為に、筆を取ったり、カメラを手に取る、それがすべてであるということ。ジュネだって、アルトーだって、リンチだってゴッホだってそうだろう。何かがあるから、そのひとつを表現する、その時間の中に常に俺たちは存在していた。それ以外はすべて有り得ないし全く価値はない。
それを分かってない奴等を例え世界が認めようとも、俺は絶対に認めねえ、表現舐めんなよ!!そこの貴様のことだよ!!覚えとけ!!それが明確に分かった以上社会とは完全に交わることを拒否する、こんな世はどうせ何れくたばっちまう、そんな奴等に愛想を振り撒く価値などまるでないわけだ。困窮の迷路はまだ続く、死者たちとの秘密の触れ合いを通じて、複雑に絡み合う思想の異空間で彷徨い続ける。何を生むか、何も生まずに流産するか、いつかくたばるその時まで暴れよう野郎ども。2010年に活動は続く。
「この世に向いていない」という烙印を背中に押され、
ただまるで成す術もなく彷徨する麻痺の土地へと続く行軍である。
新宿へ車を走らせる、もうクタクタだった、誰にも会いたくねえ、九官鳥にだって喋りかけたくねえ。1300円が全財産だった、何度数えても1300円、それで何が出来るというのか馬鹿らしい車内でひとり大笑いする、落ち着き涎を袖で拭く。velvet under groundのHeroinが流れる、相反して脳内麻薬のアドレナリンが分泌する、upperの高揚がすべて罪を犯しやがる夢遊病者の様に導かれる高層ビルの冷たいアスファルト、寒いガタガタ震える意識なき顔なきシステムに構築された都会のコミューンへ阿片窟だったらいいのに。主演女優のNさんがいた、「監督の言っていることがまるで理解出来ません、行動にはすべて意味があるしそういう演出をすべきです私じゃなくてもいいんじゃないですか、何で私なんですか」そう別にあんたじゃなくたっていいのだ俺はあんたの顔と身体と声さえあればそれでいいのだ、精神を形成しコントロールするのは俺の仕事だ、機械みたく頷いてりゃそれで一向に俺は構わんわけだでなければ俺のここまでやった仕事は凡て破滅する、全く無意味であるわけだ、説得力さえありゃあ上手くいったが・・それが俺にはなかった。意識的な演技は演技であって演技でないそこに立在する肉体には何の価値もない、偽者の稚拙な滑稽なサーカス・・ただの哀れな虚構のひとつに過ぎないわけだ、この世が構築する下らんシステムのひとつに俺の映画が一緒にされることだけは我慢がならなかった。映画の本質は音と場所と映像にあるわけだ、それらの物質的条件がすべて混ざり合い 初めて飛びぬけた映画の真実の様相を見出せる。しかし、それは同時に奇跡に近い手品とも言えるだろう。偉大なる手品師寺山修司に俺はなれなかった、勿論俺は寺山氏ではないから当たり前だし、全く違う生き方であるから当然だが、スタイルに通じるものはあったからだ。役者個人の自意識なんぞ糞くらいやがれ、あんた自身には何の価値もない、ただ邪魔になるだけという事が何故分からんのか、そしてそこで構築されたもうひとつの世界に我々は捲き込まれなければいけないのであり、突き抜けた精神の変容は、死者たちと秘密の場所、声、肉体を通じて様々な奇怪な現象を巻き起こす、その瞬間に派生する美を映像を通じて俺は切り取りたかった、しかしその前にぶっ壊れやがった。当然かもしれない、誰もがひとりの人間であるわけだから。そんな苦行はお笑い草だろうよ。狂気そのものを表現するということは、同時に墓場に片足を突っ込むことになるわけだ。そんな馬鹿みたいなことを必死こいてやろうとした俺だけがまたひとつの地獄を見ちまったわけだ。
スタッフのKに電話する。「主演が降りちまった・・もう駄目かもしんねえな、これからばあさんのとこ行って金を無心しにいくつもりだったんだけど、もう意味ねえな映画は御陀仏なわけだし。とにかくA子が東京駅に来てるらしいから迎えに行ってくるよ。」Kが低い声で頷く、弱きなか細い小鳥の遺言、ああ完全に終わっちまった。無鉄砲極まりない強行撮影で金は完全に尽きた、仕事は失った、知人の何人もが周りからいなくなったもう何もかもどうでもよくなった、5年ぶりだしばあさんのとこには連絡しちまったし顔を出そうそれから今後のことを考えよう、A子を助手席に乗せ、世田谷に向かう。沈黙であることの苦痛、空気の裂け目、ワイパーが動くフロント硝子が淀んでいる。悪魔の溜息。「ねえ、普通に映画撮りたいから金を貸してくれって言っても、貸してくれないよ、あんたの映画なんかばあさんにしてみたらクソ以下の価値なわけだし。結婚するってことにして、お金借りたら、別に嘘でもちゃんと返せば問題ないわけだし、そうしようよ。はい、オッケー。」革ジャン、紫のタイツ、キングクリムゾンのアルバムのデザインである鼻のでかいクロンボのTシャツ、オレンジに脱色した髪の毛・・これがA子の様相相変わらず頭が沸いてやがる、こいつには常識が全くない、どこの世界にこんな格好で縁談に行く馬鹿がいるわけよ、頭が痛いおまけにバルビツール酸系の眠剤をやっていて呂律が回ってない、こんな状態なら金はどちみち借りられなかったなと・・思った。「映画はもう終わったからいいんだよ、ニコニコ愛想振り撒いて馬鹿みたいに頷いてりゃあいいよ、問題なし。金は借りない。」「はぁ?じゃあ行く意味ないのに、なんで行くの?お前はすぐ簡単に諦める根性なし。行きたくないんだよ、私。」「約束したから行くんだよ、最低限の社会のマナーは守ろうぜ、この先生きていけねえよ。」「分かったから、早くしよう、疲れてるし。」世田谷のばあさんの家に着く、ばあさんがお腹が空いてるだろうと梅干のおにぎりと納豆の海苔巻きを出す。俺は直ぐに平らげる、A子は一向に食おうとしない。ばあさんが聞く。「なんで食べないの?お腹空いてないの?」「私、納豆と梅だけは食べられないんです。口に入れると蕁麻疹が出るんです。」ばあさんが不機嫌そうな顔をするから代わりに俺が平らげる。「あなたは仕事何をしてるの?」A子はその時はスナックで働いていた、何をしてもすぐ辞める、俺が知る限りでは30も職は変えている。「えっ?いやーあの、食べ物をつくっています。って言っても食べられなくて、レストランにある見本分かりますか?硝子ケースに入っている、あれです。南瓜のヘタとか茄子の漬物とかトマトとか、トマトの色は難しいんですよ躍動感が出ないから、だから私は手先が器用なんです、それだけが唯一の取り柄です。」ばあさんが怪訝な顔をする、こりゃあヤバイとっとと引き上げよう。しかし、ばあさんも呆けているんだもう80だから。「そうなの?仕事は何でもやり続けないといけないよ、私は40年も公務員をやって、この家を3000万で買って40年も働いてお爺ちゃんと二人で貯金して、3000万でこの家を買ったのよ。」「すごいですね。尊敬します。キュウリも難しいんですよ、ちょっと曲がってるじゃないですか色を塗るのもそうだけど、粘土の材質もきちんと選ばないと、キュウリは作れないんです。」「だから、私は40年も働いて、3000万円でこの家を買って・・・」「すごいですね。尊敬します。ハンバーグとかの焼き物も難しいんです、色を選ばないと立体感が出なくて・・」「40年もひとつの所で働いて、お爺ちゃんと二人で貯金して・・・。」「すごいですね。尊敬します。塗料は普通のところで売っていないのです、業務用のところでないといい色は売っていないのです。」「この家を3000万で買って、ひとつのところで40年も働いて・・。」「すごいですね。尊敬します。きつねうどんが何の材質で出来ているか知っていますか?あれは特殊な粘土です・・」「お爺ちゃんと二人で貯金して・・。」
ぶっ壊れてやがる・・完全にぶっ壊れやがった・・どいつもこいつも気が狂ってる、このやり取りは2時間も続いた。ばあさんは呆けているから同じ話を何度も、A子はラリってるから食品の見本の話しかしねえわけだ。現実と虚構の境目、狂ったまぼろしの境界線、迷路に迷い込む、この空間を俯瞰から見下ろしてピエロがピエロを演じまたそのピエロがピエロを演じる、終わりなき責苦の芝居。頃合いを見計らって何とか席を立ち、車に乗り込む、ばあさんが精一杯の笑顔で見送る。「なんで君は同じ話しかしないわけ?すごいですね、尊敬しますって何で機械のように反芻するわけ。アレンジして違う褒めかたすりゃあいいのに、幾らばあさんが呆けててもおちょくってると思われるぞ。」「ホントにすごいと思ったんだから、他に言い様なかったの。おちょくってたわけじゃないよひとつのことを続けるのは尊敬するでしょ、しないの?」「するけど、もっと頑張ってアレンジはしようよ。」「そのアレンジってどういうこと?」
A子の友達の医学生が吉祥寺に来るというので、吉祥寺で合流する。三人で井の頭公園の池を阿呆の様に見つめ、ベンチに座り、買ってきた玩具の風船を膨らます。空っぽの頭でひとつの作業に没頭する、死人の瞬き、煌く空虚な夜空。「何で医者になろうと思ったの?」と俺が聞く「私を馬鹿にした男どもを社会的に抹殺したいから、金と権力が必要なの。」と医学生。「馬鹿にしたって何?そんな酷いことされたの?」「マリア様の像の下で私は犯されたのよ、馬鹿な二人の男に、膣に雑草と煙草の吸殻を詰め込まれた。あいつらに復讐する為に頑張って勉強して、やっと医学部に入ったの、社会的に抹殺したい男どもは腐る程いる。」「それで抹殺したとして、その先に何がある?そんなことに価値があるのか?」「君むかつくね、あんたは五番目に殺すことに今決めた。」その刹那、A子が叫ぶ、医学生の背中に幽霊を見たとのたまう。何でも40代くらいの青白い顔の眼鏡をかけた男の幽霊、すると俺の目の前で木の葉が飛蝗みたいに飛んでいるいくつもの木の葉が何枚も半円を描いて飛ぶ、断じて風ではない、風など微塵も吹いていなかった、驚き三人で呆然と立ち尽くしていると、背後の池から足音が、確実に聞こえる何人もの足音呼び寄せた死者たちを確実に、誰が?俺だろう、この頃確実に開けてはいけない扉を開けてしまったのだ奇怪な出来事が何遍も身の回りで起こった、この世ではやってはいけないことがある、暴いてはいけない踏み入れてはいけないひとつの空間がある車のミラーがぶつけてもいないのに立て続けに2度も割れた、列車の飛び降り事故を目の前で見た、気味の悪い無言電話は毎日続いたやめろやめろやめろうねる様に断続して続く輪廻の中で死者たちの声が響く、次第に生気と気配は失せてくる。そして、A子たちと別れて、ジュネの本を片手に家には帰らず代々木公園付近を塒に一週間放浪した、ひとつの所に居続けるその単純なことさえ出来なくなるほど精神は病み疲れ果てた、誰とも話したくなかった、ベンチで寝ていると男が俺の肩をゆすぶり聞く「ここは野鳥が寝ているので、他に行って寝て貰えますか?」ごめんなさいと謝り急いで他の寝床を探す、野鳥・・どういうことだ?俺が寝ていて野鳥に迷惑を掛けるだろうか、そんなことは絶対にない。クソッタレ、どいつもこいつも狂ってやがる、こんな世はいずれくたばっちまう、消滅の手を委ねられるのは誰だろうか、少なくとも病人どもではないはずだ。
その後は家に帰り、求職活動し何故か面接に受かり、とある広告会社で営業兼制作として働いた。どこにでもある地味な会社、辛うじて社会に接することで日々邪気と妙な殺気は少しずつ消え失せていく。以前から馬鹿にしていた小劇場の役者であった先輩に滅茶苦茶虐められる、皮肉なもんだ世界はこうやって回っている、屈辱を売って対価を得る日々。暇を持て余すことないように一生懸命働いた。3ヶ月目に社長に呼び止められて、飯を一緒に食いに行く。「お前、何でそんな墓場にいるような顔してんだ?借金でもあんのか?相談なら乗ってやる、何でも話せよ。お前になら幾らでも金は貸してやる、幾らだ?100万か?200万か?」「借金はないですよ。例えあってもそんなことは全く問題になりません。社長を含め、潜在的にどいつも犯罪者であることに問題があるわけです。社長もAさんもSさんもこの僕も皆例外なく犯罪者です、気付かずに人を陥れてるわけです、それがどういうことか分かりますか?それは世間的に悪人と見做されている人よりよっぽどタチが悪い、悪人は理由がなければ、人を殺しませんし、物も盗みませんし、人を陥れるということもしないしかし、あんたも僕も会社と言う権力に隠れて気付かずに人を殺し、物を盗み、人を陥れるわけです、理由なき犯罪をすることに何の意味がありますか?そんなこと全くクソ以下です、僕もあんたもクソ以下の下衆野郎だ、食べれるだけあればそれで満足でしょう?違いますか?クソ以下の詐欺師の下衆野郎どもはくたばるべきです、この世からくたばっちまえばいい、年の功だ、あんたが率先してくたばりやがれ!!!」
社長は怒りもせずに本当に悲しそうな顔をしていた、闘うべき対象は社長ではなかった、完全に悪態をつく相手を俺は間違えてしまったわけだ気に掛けてくれるだけ有難いものだ、下衆野郎とはまさしく俺のことだったわけだ、次の日から会社に行かなかった。
急いで航空券を買ってラオスに飛ぶ、日々麻痺に逃避する、静脈の亡霊と化すわけだこいつで俺の仲間たちは人生を狂わせちまった、人生果たしてそんなもんあるかどうかも疑問だがジャックリゴーの言う様に生きる理由などありはしない、かといって死ぬ理由もない、我々に残された、軽蔑を表す方法はただひとつそいつを受け入れることだ。ラオスで泊まった下宿先は酷かった、目の前で沢山の蟻が壁を這いずり次第に寝床にまでその蟻どもは押し寄せ俺を悪夢に陥れる、叩き潰せども叩き潰せども悪の巣から奴等はやってきやがる。また下宿の大家である老婆もまた酷いもので胃が爛れた口臭もさることながら容貌は魔女そのものだ。毎晩子供の尻を酷くぶっ叩き泣き叫ぶ声が部屋の壁にまで浸透して小刻みに震える。隣の部屋の老人は末期癌かいずれにしろ酷く重い病で、薬の小瓶を片手に持ち夜中に廊下で支離滅裂な独り言を呟きながら小便を垂れ流し這い擦り回るまさにキチガイの生き写しだ、アメリカのビート作家ウィリアム・バロウズによく似ていて、ここにも亡霊はいたわけだ。笑っちまうよ。この外道と共に二日間嘔吐の責苦を味わいつつも何故かくたばらなかった。くたばろうと思ったのにくたばらなかった。時間、時間、それぞれの存在、すべてそれらが矛盾しているということをただ責苦の中で考えた。
俺の仲間たち・・彼らは何をしているだろうか、顔中ピアスだらけのI子はトレイシーローズに似てすごく美人で明るかった常にピョンピョン跳ねていた4年前にチェコのブラハでくたばった、誰にも看取られることなく、静かにくたばった。その彼氏だったSは3年前から全く消息不明I子がくたばってから完全に気が狂っちまって、メキシコ人のオカマと同棲していて、一度家に遊びに行ったが、そのオカマに犯されそうになったから行っていない。生きてるか?S?俺はあのオカマが嫌いなんだよ、お前が嫌いなわけじゃねえ。知ってるか?Kは2年前にくたばっちまったぞ、新木場の路上で車に轢かれて御陀仏だよ、運転手も捕まってない、まったくひでえ話だ。この世の殆どはひでえ話で溢れてるがまあこれも例外に漏れずだ。Nはあんなにひでえシャブ中だったのに、奮起したぞ、今じゃ大層ご立派な職業についている、俺も吃驚だよ。今じゃ偶に会うのはあいつぐらいのもんだよ。ただ、あいつは何者かになっちまった。何者でもないのはもう俺だけだ。
常に何者かであろうとした俺たちは結局何者にもなれなかった、何者にもなるべきではなかったからだ。何者かであろうとすることは、社会に溶け込まれやがてひとつのゴミ屑と化す。何者かであることに向いてなかったと知っただけだ。それでいい、今後も何者にもなりたくない。
何者かであろうとする奴等は勝手にしやがれ!!そんなレッテルを俺たちは軽蔑し、鼻から眼中にはなかった。そうだろう?何かがあるから、それを表現する為に、筆を取ったり、カメラを手に取る、それがすべてであるということ。ジュネだって、アルトーだって、リンチだってゴッホだってそうだろう。何かがあるから、そのひとつを表現する、その時間の中に常に俺たちは存在していた。それ以外はすべて有り得ないし全く価値はない。
それを分かってない奴等を例え世界が認めようとも、俺は絶対に認めねえ、表現舐めんなよ!!そこの貴様のことだよ!!覚えとけ!!それが明確に分かった以上社会とは完全に交わることを拒否する、こんな世はどうせ何れくたばっちまう、そんな奴等に愛想を振り撒く価値などまるでないわけだ。困窮の迷路はまだ続く、死者たちとの秘密の触れ合いを通じて、複雑に絡み合う思想の異空間で彷徨い続ける。何を生むか、何も生まずに流産するか、いつかくたばるその時まで暴れよう野郎ども。2010年に活動は続く。
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